2010年05月23日

耳掃除。

相変わらず東方司令部時代の話。
耳掃除ネタです。続きから。





「―…じゃあ、これで報告終わりって事で」
 そんな言葉で定期報告を締めくくったエドワードは、報告書を封筒に仕舞いながら、ふと顔をしかめて頭を振った。
「どうした?」
「んー、何かさ、耳の中が痒いって言うか、がさごそするって言うか……」
 その言葉に、ロイは何だ、と少し呆れた表情を浮かべる。
「耳掃除をちゃんとしていないんじゃないか?」
「してるよ。でもこっち側だと、どうしても上手く出来なくてさ」
 エドワードは手袋をした右手で右の耳を指す。確かに、いかに機械鎧の性能が良いものであろうと、流石にそういった細かい作業に向いていないだろう。
「アルフォンス――…も、無理か」
 ロイはそう提案しかけて、すぐに自分で否定する。アルフォンスの鎧姿の手では、エドワードの機械鎧と大差無いだろう。
「耳鼻科に行けば、専門医が耳掃除をしてくれるぞ」
「そこまで大袈裟なもんでもないよ」
 エドワードはそう言って肩をすくめる。確かに、耳掃除の為だけにわざわざ病院に行くというのも大袈裟な話だ。
 それもそうかと頷いて、ロイはふと思いついた事をエドワードに提案した。
「なら、私がしてやろうか。耳掃除」
「え?」
 思わず口をついて出た言葉に、エドワードはきょとんとする。
(……しまった)
 弾みとは言え妙な事を言ってしまった、と後悔する。いつものエドワードとロイの関係ならば、そんな事を言おうものなら「絶対嫌だ」だとか「あんたにだけはされたくない」だとか、そんな手酷い拒絶にあうのが関の山だろう。
 しかしエドワードは、ただまっすぐにロイを見返し、僅かに首を傾げてみせて、思いもかけない言葉を口にした。
「頼んでいいのか?」
「え?」
「耳掃除」
 そんなエドワードの言葉に、ロイは思わず耳を疑った。


「よいしょ、っと」
 ゴトリゴトリと音を立てて、エドワードが自分のブーツを脱いで床に放りだす。
 そしてソファの端に座るロイに「頼むな」と言って、その膝の上に躊躇なく頭を乗せた。その小さな金色の頭の温かな重みに、ロイは戸惑う。
 確かに耳掃除をしとやろうかと言ったのはロイだし、本当に耳掃除をしてやるのも全く異存は無い。
 しかし、エドワードがこんなにも素直にロイの申し出に頷き、しかもロイの膝枕に躊躇無く横たわるとは思ってもみなかった。
「……少しでも痛かったら、すぐに言いなさい」
 自分から言い出しておいてどうかと思うが、実は、ロイには人の耳掃除をしてやった経験などまるで無い。
 自分の耳であればどこが痛いのかも加減も分かるが、人の耳ではそうもいかない。痛くしてしまったらと思うと、流石に少し怖いものがある。
 とりあえずそんな風に予防線を張って、ティッシュ片手にエドワードの小さな耳を覗き込む。恐る恐る耳掻きを入れて動かすと、エドワードが安堵するような溜め息を漏らした。
「あー、そこそこ。気持ちいー…」
 その言葉に安堵し、ロイは少しずつ耳掻きを動かしてゆく。あまり奥まで入れすぎないように気を遣ったせいか、エドワードは全く痛がる様子もなく、安心しきったように身体を投げ出している。
(日向の猫みたいだな)
 目を細めて日向ぼっこしている猫を思い浮かべて、ロイはこっそりと笑う。
 目を閉じていると、いつもの気の強そうな瞳が見えないせいだろうか。こうしてみると、エドワードは年齢よりも随分と幼く見える。
(―…いや、考えてみれば十五歳というのは充分子供だな)
 大人ばかりのこの世界で、庇護を受ける事もなく生きてきている子供。その言動のせいか、ひ弱さなどはまるで感じられないが、本来であればまだまだ子供らしく生きていて良い頃なのに。
 右側の耳の掃除が済んでも、エドワードは気持ちよさそうに目を閉じている。
「鋼の。反対側を向きなさい」
 ついでだとばかりに軽く肩を叩いて促すと、何やらむにゃむにゃと呟きながら素直に寝返りを打つ。
 ロイの方を向いた表情のあどけなさに笑って、ロイは優しく耳掃除を始める。
 安心しきったように気持ちよさそうに目を閉じるエドワードに、どうやら自分は耳掃除の才能があるらしい、とロイは一人悦に入る。
 あの懐かない野良猫のようなエドワードが、今は甘ったれた子猫のようだ。
 妙な達成感を覚えながら念入りに掃除を済ませると、ロイはエドワードの肩を揺さぶって声を掛けた。
「鋼の。終わったぞ」
「んー…」
 もぞもぞと動くエドワードは、どうやら眠くなっているらしい。それだけ気持ちが良かったのだろう。
「鋼の。……こら、起きなさい」
 続けて促す言葉は、いつになく甘い。眠いのなら寝かせてやりたいが、いつまでもサボっていてはホークアイに叱られてしまう。
「鋼の」
「んー…」
 もぞもぞと寝返りを打つエドワードの手が、何かを探すように伸ばされた。そしてその手はロイの腰に回り、がっしりと抱きつかれてしまう。
「こ、こら、鋼の!」
 緩い拘束ではあるが、今までに無い距離の近さにロイは慌てる。
 どうやら完全に寝ぼけているらしい。そうでなければこんなにも近寄ってくる事は無いだろう。
(―…参ったな)
 エドワードに抱きつかれている程度の拘束なら、振りほどこうと思えば簡単に出来るだろう。
 しかし、何故かそうしようとは思えなくて。
(……嬉しいから、だろうな)
 普段どんな態度を取られようと、ロイにとってエドワードは可愛い存在だ。口にも態度にも出した事はなくても、いつも気にかけているし、病気や怪我などしていないかといつも心配している。
 軍の狗という道を示したのは自分だが、早く目的を果たして弟と共に生身の身体を取り戻して、さっさとこんなものを辞めて、故郷で平和に暮らせばいいとも思う。
(矛盾、している)
 エドワードの幸せは、軍人でありつづけようとするロイの傍には無い。幸せになる姿を近くで見届ける事もできないのにそれを望むのは、単なる自己満足だ。
 そう分かっている筈なのに、いつか来るであろう喜ばしい筈の未来は、ロイの胸を酷く軋ませた。
 今は、エドワードは軍属だ。ロイはエドワードを国家錬金術師に推挙した関係から、その後見人であり、上司のようなもので。おそらくは、エドワードとの繋がりは軍の中では最も深い。
 しかしそれは、エドワードが国家錬金術師を辞めてしまえば、簡単に断ち切られてしまうような、そんな関係でしかない。
「……………」
 ロイは手を伸ばして、そっとエドワードの髪を撫でる。
 今はこんなに近くにいるのに、きっといつか、この金色の輝きを目にする事すら出来なくなってしまうのだろう。
(それで、いい)
 軍など辞めて、平和な人生を歩んで欲しい。年頃の少年らしい、健やかな楽しい日々を送れるようになって欲しい。
 そう思うのは、本当の事なのに。
 もう一度、その髪を撫でようとした時、ノックの音が響いてドアが開くのに、ロイは思わずびくりとしてその動きを止めた。
「失礼します。……あら」
 入ってきたホークアイが、驚いたように目を丸くする。普段の二人の関係からすれば、この状態は確かに驚くだろう。
「エドワード君、寝ているんですか?」
「あ、いや、その、これは……」
 まるで何か疚しい行為についての言い訳をしようとしている自分に気付いて、ロイは気を取り直し、おもむろに咳払いをする。
「……鋼のが、耳掃除が上手く出来ないというのでね。代わりにしてやっていたんだが、気持ち良かったらしくて寝てしまったんだ」
「ああ、機械鎧ですものね」
 納得したように頷き、ホークアイは柔らかな笑みを見せる。
「起こすのも可哀想ですし、大佐もそのまま少し休憩なさって下さい。今、お茶をお持ちしますから」
「ああ、ありがとう」
 思いがけず休憩の許可が出た事に驚きながら、ロイは、すやすやと寝息を立てているエドワードを見下ろす。
(……本当に、猫のようだな)
 そっと手を伸ばしてその小さな頭を撫でると、エドワードが、もぞりと身じろぎをする。
 起こしてしまったかと焦ったが、目を覚ます様子は無い。それどころか、手のひらに頭をすり寄せるような仕草をされて、ロイは思わず息をのんだ。
「はがね、の……?」
 思わず口をついて出た呼びかけに、どこか舌ったらずな声が上がった。
「……たいさ」
 無邪気な表情でそう呟いて、ほわりと笑ったエドワードに。
「……………っ!」
 ロイは今度こそ、心臓を撃ち抜かれるような衝撃を受けたのだった。


「お待たせしました。……大佐?どこか具合でも?」
 エドワードを膝枕で寝かせたまま、頭を抱えて何やら苦悩しているらしいロイに、 お茶を運んできたホークアイが不審そうに尋ねる。
「いや…その、うん。……何でもない」
「? そうですか」
 うっかり気付きかけた気持ちには、厳重に蓋をして鍵をかけて。自分に対する言い訳と屁理屈は山ほど用意して。
(……子供を可愛いと思うのは、普通だな。うん)
 そんな言い訳がいつまで通じるかは、神のみぞ知る。



しばらくロイエド書いてなかったので無性に書きたくなりました。今日は友達と映画観に行ったので、その待ち合わせ場所に向かう途中に例によって携帯でぽちぽちと(笑)
posted by 観済寺凪之介 at 23:39| 小話