2010年06月19日

灯火

注:最終回ネタバレを含みます。
注:基本スタンスは捏造です(笑)
注:大佐が乙女です(いつもの事)


上記OKって方のみ、続きからどうぞー。





 送迎を断って徒歩で帰宅すると、一人暮らしの筈の自宅に明かりがついていた。
 ロイは玄関前にしばし佇み、その明かりを眺める。
「全く、来る前には連絡を入れろとあれほど……」
 今は目の前に居ない人間に対する小言なのか、それとも単なる愚痴なのか判然としない言葉は、夜の闇に溶けて消える。
 そもそも、合い鍵を渡している人間など、一人しかいないのだ。家主であるロイがここにいる以上、家の中で明かりを付けて待っている人間など一人しかいない。
 生憎と恋人などという艶っぽい関係ではないが、彼がまだ小さな子供の頃からの長い付き合い――…要は、腐れ縁だ。
「ただいま」
 玄関を入ると、台所から軽快な足音が響いてくる。その音はよく聞くと左右で少し響きが違う。聞き慣れた、彼の足音。
「おかえり准将! 早かったな」
 てらいも無く言われる「おかえり」という言葉に、内心で少し照れる。そう言われると、まるで家族になったような気分になる。
 相変わらず長くしている金色の髪を少し高い位置で括り、エプロン姿で出迎えられれば尚更だ。
「ただいま。……君ねえ、あれほどこっちに来る時には連絡を入れろと」
「だって、合い鍵持ってんだから関係無いし。あ、飯食うよな? もう出来てるぜ」
「食事はありがたく頂くが、そういう事ではなくてだな……」
 小言を軽くハイハイと受け流し、台所に向かうエドワードの背中をロイは追う。
(――…背が伸びたな)
 まだまだロイにも及ばないが、それなりの身長になりつつある背中を見て、改めてそう思う。考えてみればもう十八歳になるのだ。少年というよりも、むしろ青年の域に差し掛かっているのだろう。
 国家を揺るがす大事件の終息後、Dr.マルコーの持っていた賢者の石によって視力を取り戻したロイは、改めて東方司令部に配属され、准将の地位を得て名実共に東方司令部の司令官となった。
 一方、エドワードは故郷であるリゼンブールに戻り、アルフォンスと共にしばらくは療養の日々を過ごしていたらしい。エドワードが失っていたのは右手だけだったが、それでもやはり筋力はかなり落ちていたらしい。
 時々、国家錬金術師を辞める手続きや事後処理の為にイーストシティに出てくる他はリゼンブールで過ごしていたので、あの豆台風もやっと落ち着いたのかと思っていた矢先、兄弟の決意を聞かされたのだ。
 アルフォンスはシン国へ、エドワードはアメストリス国内へ。それぞれまた別の目的を持って、この兄弟はやっぱり今も旅を続けている。
 もう、その姿は、トレードマークだった三つ編みと赤いコート姿ではない。以前の余裕の無かった旅とは違って、今は二人とも随分と楽しそうだ。それは、本当に良かったと思う。
 しかし、この場合問題となるのは資金だろう。幸い、国家錬金術師時代の貯金がまだ残ってはいるらしいが、やはり働かなければ生活していくのは難しい。しかし旅暮らしだけでは、まとまった金額を稼ぐ事は出来ない。
 その為、月に何日かはイーストシティに戻り、錬金術関係の本を書く事でエドワードは生計を立てている。その拠点となるのが、このロイの自宅だ。
 当初はイーストシティで部屋を借りたいから保証人になってくれないかと頼みに来たのだが、そこをロイは強引に押し切って自宅へ下宿させる事にしたのだ。
 家賃などは貰ってはいないが、エドワードは帰ってくる度に自主的に家事全般を引き受けてくれている。お陰でエドワードが滞在している間、ロイの生活は大いに潤う事になる。無論、精神的にも。


 着替えて食卓につくと、既に食事の用意が調っていた。自分の好物ばかりが並ぶ食卓に、思わず頬が緩む。
「今回は、どの位の予定なんだ?」
「そうだな、結構旅先でもまとめてきたから……まあ、一週間あれば」
 一週間。その間に自分の休みがあったかどうかを素早く確認する。せめて一日くらいは一緒に過ごしたい。別段何をするわけでもないのだが、食料品の買い出しに付き合ったり、同じ家の中で過ごせるのが嬉しいのだ。
 叶う事の無い片恋を抱えて、もう何年になるだろうか。こんな些細な事だけでも幸せになれる自分が、何だかおかしい。
「ところで、今日はどうしたんだ? いつもよりご馳走が並んでいるような気が……」
 よく見れば、いつもの料理よりは少しばかり豪華だ。早くに母親を亡くしたからなのだろうか、年齢の割に節約志向が身についているエドワードにしては、随分と奮発したように見える。
 卓上のワインクーラーでロゼのワインまで冷えているし、用意されたグラスも二人分。
「おまけに、花まで飾って」
 一輪だけとは言え、赤い薔薇が飾られている。これも珍しい事だ。今までは、花に興味を示した事など無かったように思うのに。
「まあ、いいじゃん。乾杯しようぜ」
「君も飲むのか、珍しいな」
 エドワードはそろそろ十八になるが、まだ未成年だ。未成年だからとアルコールは頑なに拒否していたのに、一体どんな風の吹き回しだろうか。
 首を傾げながらもワイングラスに注ぐと、グラスの縁を合わせて乾杯する。
「乾杯」
「乾杯。お疲れ」
 食卓に並ぶ料理は、どれもエドワードのお手製だ。今までは知らなかったが、どうやら料理は得意らしい。少しばかり繊細さというものには欠けるが、美味しい料理がいつも食卓に並んでいる。
 鶏肉とポテトのローズマリー風味のグリルをまず皿に取って、綺麗についたパリパリの焼き目にロイは思わず嬉しくなる。
「美味しいな。君が来ると嬉しいが、食べ過ぎて太ってしまいそうだ」
「それはどうも。じゃあ太らせてやるよ」
 エドワードが笑って、ワインをまた一口飲む。しかし微妙な顔をしているところを見ると、美味しくは感じられないのだろう。初めて飲むのだから、無理は無い。酒の味が分かるのは、もう少し大人になってからだ。
「無理はしなくていいよ。残りは私が飲むから」
「そうする。……ま、気分だけだったし。お祝いって事で」
「お祝い? 何かいい事でもあったのか?」
「うん。オレ、もうすぐ十八だろ? だから結婚しようかと思って」
 その言葉に、ロイの思考は停止する。
「けっこん……?」
「うん。このままなし崩しにするのも男らしくないし、ちゃんと形にした方がいいかなって」
「そ…うか……」
 血の気が引いていくのが分かる。いつか来る日だと覚悟してはいたが、それがまさか、こんなにも早いとは思わなかった。来るとしても、エドワードが成人してからだと思っていたのに。
 相手はきっと、あの幼なじみの機械鎧整備士の少女だろう。似合いの二人だ。
「で、式とかどうする? いつにする? いっそ式はやらないって手もあるけど、せめて仲間内だけででも御披露目した方がいいだろ?」
「……何故、それを私に聞くのかね」
「何言ってんだよ。あんたの予定が最優先だろ」
「そんなのはどうとでもなる。こういう事は、その結婚相手と決めたまえ」
「だから今、相談してるだろ。准将に」
「……………ん?」
 どうにも噛み合わない会話に、ふと引っかかりを覚える。今の言い方では、まるで――…
「鋼の。一つ聞きたいんだが」
「何」
「――…君の結婚相手とは誰の事だ」
「准将に決まってるだろ」
 ごく当然のように言うエドワードに、ロイは更に思考が停止する。
 嬉しいとか嬉しくないとか、そういう以前にエドワードの言っている事が理解出来ない。
「………何故。君と私が」
「准将がオレの事好きだから。オレもそうだし、好きなら結婚するのが当然だろ?」
「は……はああああああああ?!」
 思わず立ち上がったロイは、その勢いのまま椅子を後ろに倒してしまう。その音に驚いたように、エドワードがびくりと身体を揺らした。
「あーあ、もう、何やってんだよ。少し落ち着けって」
「き、君、何を言っ……いや、何故、いつから、」
 ぐるぐると混乱を極める思考に、本気で目眩を覚える。
 一体いつから自分の気持ちがばれていたのか、いや、それ以前に、エドワードも自分の事を――…
「落ち着けって。まず、座れ、な?」
 椅子を戻して、エドワードはロイを促して座らせる。そのまま膝を床について、どちらも生身の手が、ロイの手をそっと握った。
「結婚しよう、准将」
「鋼の………」
 見上げてくるエドワードの笑顔の眩しさは子供の頃のまま、大人びた色を添えて。
 じわりとした熱が、掴まれた両手から伝わってくる。
「オレは旅暮らしだし、准将も忙しいし。あまり一緒に居られる事って無いかもしれないけど。……でもオレは、あんたと一緒にいたいよ」
 その言葉は、どこか切実な、乞うような響きがあって、ロイは思わずどきりとする。
 長い付き合いだ。彼がこんな事を冗談で言うような性格ではない事は、ロイもよく知っている。
 本気なのだと実感するにつれて、震えるような緊張が走る。深呼吸を一つして、それからようやく、ロイは口を開いた。
「わ、私も……」
 無様にかすれた声が恥ずかしかったが、ロイは構わず続けた。
「君と、ずっと一緒にいたい」
「……うん」
 エドワードが嬉しそうに微笑んで、椅子に座っているロイを、そのままぎゅっと抱きしめる。
 初めての温もりに、胸が熱くなる。ロイも手を伸ばしてエドワードを抱き返すと、くすくすと笑う声が響いてきた。
「なに、これ。心臓すげえばくばく言ってんだけど?」
「うるさい。君が……いきなりこんな事を言い出すから」
 いつになく速い鼓動を揶揄されて、ロイは思わずムッとして反論を試みる。
「大体、何で突然プロポーズなんだ! 手順を飛ばし過ぎだろう君は!」
「何でだよ。嬉しくなかった?」
「それは、う、嬉しかった、が……」
 嬉しいか嬉しくないかといわれたら、そんなのは嬉しいに決まっている。しかし、色々と突然すぎて心臓に悪い。
「待ってたんだよ。オレは」
「待ってた?」
「アルの身体を元に戻して、全部にちゃんとケリつけて義理も果たして。……そうしてからじゃないと、大佐とちゃんと向かい合って、好きって言えないと思ってた」
「鋼の……」
 いつの間にか昔の呼称に戻っているその言葉を、ロイはじんわりとした感動を共に実感する。
「でも、いざ告白しようと思ったら、もう結婚でいいんじゃないかと」
「いや、それはどうだ」
 思わず素に戻って突っ込むロイに、エドワードが楽しげに笑う。抱き合ったままの姿勢で伝わる振動が、くすぐったくて心地よい。
「オレはそのくらいの覚悟でいるんだって、伝えたかったから。だからもう、結婚しちゃえばいいかと思って。……まあ、オレは旅暮らしだし、時々こうやって通い妻するくらいしか出来ないけどさ」
 最後のその言葉に、ロイは思わずぴくりと反応する。
「……通い妻」
「ん? 何だよ。何か変?」
「いや。………君が妻、という事でいいのか?」
 できるだけさりげなく、しかし真剣な問いかけに、エドワードが思わずと言ったように噴き出す。
「……何がおかしい」
 笑い続けるエドワードに、ロイは憮然として問い掛ける。
「いや、だってあんた……何考えてんだよ。えっちだなあ准将は」
「ち、違う! そういう事ではなく、しかし大事な事だから!」
「あー、はいはい。いいよ、もうどっちでも。あんたと結婚出来るなら、どっちでも大した違いは無いからさ」
「…………………」
 まるで子供を宥めるように背中をぽんぽんと叩かれて、ロイは黙りこむ。
 ロイにとっては重大な問題なのだが、エドワードにしてみれば、それはどちらでも大した問題ではないと言う。
 エドワードよりも十四も歳上の元保護者としては上下関係は非常に重大な事なのだが、そう言われてしまうと、自分の器が小さいような気がしてしまうのは何故だろうか。
「それに、未経験のオレが頑張るより、色々と経験豊富な大佐に任せとくのが一番効率がいいだろうし」
「………効率………」
 どこまでも色気の無い単語に、ロイは思わず内心で頭を抱える。さりげなく、エドワードがそういう事が初めてだとか、そういう重大かつ嬉しい事を言われた筈なのに、どうにも喜べない。
(この子は、どうしてこう――…)
 どうにも色気というものに欠けるエドワードに内心で溜息をつきながら、ロイはふと、抱きしめているエドワードの項が真っ赤に染まっている事に気付く。よく見れば、耳も真っ赤だ。
「………鋼の」
 そっと抱きしめていた腕を緩めると、エドワードに初めて動揺が見えた。
「な、何、准将」
「君の顔が見たいな」
「み、見てもいい事ないって!」
「そんな事は無い。折角君からプロポーズしてくれたんだ。改めて私からも、ちゃんと顔を見てプロポーズをし直したい」
「しなくていい!」
 必死にしがみついてくる身体を強引に離し、抵抗して下を向こうとするエドワードの頬を両手で包んで仰向かせる。
 湯気でも出そうな程に真っ赤になっているエドワードに、ロイは思わず噴き出した。
「笑うな馬鹿!」
「いや、済まない。……嬉しいよ。ありがとう」
 考えてみればエドワードはまだ十八なのだ。照れずにこういう台詞を言える程、慣れている筈も無い。必死に虚勢を張っていたのだろうと思うと、楽しくて――…嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。
「君の事が、前からずっと好きだった。本当は一生、黙っているつもりだった。……君から勇気を出してくれてありがとう。ずっとずっと、一緒にいて欲しい」
「……………うん」
 こくりと頷いたエドワードの頬に手を添えたまま、ロイはそっと顔を近づける。
 その意図に気付いたエドワードは、少し迷うようにした後――…そっと目を閉じる。緊張しているのだろう。
 その仕草を了解の印と受け取って、ロイはその唇にそっと口づけた。



「告白すっとばしてプロポーズ」「どこまで色気ゼロ」がテーマでした。原作は原作として、同人は同人として、やっぱりどっちも大好きです(笑)フォーエバーロイエド!
posted by 観済寺凪之介 at 11:00| 小話