2010年10月16日

ひつじ雲

秋なので小話。続きから。
写真付きです。




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「おー、すげー雲!」
 珍しく上機嫌な鋼の錬金術師が、秋めいてきた空を見上げて感嘆の声を上げる。
「こういうの何て言うんだっけ。巻積雲? それとも高積雲?」
 隣を歩くロイを振り仰いでエドワードが尋ねると、ロイはわざとらしく盛大な溜め息をついてみせた。
「相変わらず君は情緒に欠けるな。せめて鱗雲とか羊雲くらい言ってみたらどうだ」
「羊雲? へえ、そんな風にも言うんだな」
 素直に感心するエドワードは、ロイと一緒だと言うのに機嫌がいい。それは司令部内のカードゲームで負けたものの、ペナルティとして命じられたのが「この時期の公園にいる焼き栗屋でおやつを買ってくる事」という他愛の無い事だったからかもしれないし、「そう言えば大佐も前回の罰ゲームまだでしたよね」という一言でロイまでも同行を命じられたせいかもしれなかった。
 エドワードと二人きりでいるときのロイに限って、という注釈がつくが、決してエドワードはロイを嫌っているわけではない。むしろ、ロイと二人でいるのは心地良い。
 二人でいる時には、ロイは少しだけ肩の力を抜いている気がする。それはエドワードの方だけが感じている事かもしれなかったが、そんな時に流れるのんびりとした空気が、エドワードは嫌いではなかった。
「羊の編み物屋さんの話を、聞いた事はないか」
「……羊の編み物屋さん?」
 唐突に出てきた妙に可愛らしい単語に、エドワードは鸚鵡返しに言って首を傾げる。
「何それ、童話?」
 エドワードが知らないと告げると、ロイは、あからさまにしまった、という顔をする。
 しかし興味深げにじっと見上げてくるエドワードに、ロイは観念したように応じた。
「――…子供の頃に読んだ童話だ。編み物屋の羊がいて、そこに郵便屋さんが荷物を届ける。羊の編み物屋さんは毛糸を受け取って、空を見上げながら、ようやく続きが編めると言って喜ぶんだ」
 そこでロイは言葉を切って、空を見上げた。
「その空には半分くらいの羊雲で覆われていて――…その羊の編み物屋さんが残りの毛糸で羊雲を編む。それでやっと、本当の秋が来るんだ」
 ロイの口から出たとは思えないメルヘンチックで可愛らしい話だったが――…エドワードは笑わずに、ふうん、と頷いてみせた。
「じゃあ、この空も、まだ編みかけなのかな」
 羊雲は空の半ばを覆っている。エドワードの言葉に、ロイは少し照れたように視線を逸らして、そうかもな、と呟く。
「――…ああ、焼き栗売りだ。早く買ってさっさと帰ろう」
 そう言って足を早めるロイに、エドワードは途端に、にんまりと笑う。
「……大佐にしちゃ、可愛い子供時代の話だよな。ハボック少尉とか、こんな事聞いたら大笑いしてくれそうだと思わねえ?」
「――…焼き栗を3つ。一番大きな袋で」
 ロイは憮然としながら、焼き栗売りにそれだけを告げる。
「それと、一番小さな袋を一つ」
 そう付け足したロイに、エドワードは首を傾げる。全員で食べるのだから、袋を分ける必要は無いだろうに。何故わざわざ分けて買うのだろうか。
「鋼の」
 袋を受け取ったロイに促され、エドワードは公園のベンチに腰掛ける。
「大佐?」
 不思議そうに問い掛けるエドワードに、ロイは無言のままで焼き栗の一番小さな袋を開けた。
 そして一つ取り出すと、パキン、という軽快な音を立てて栗の殻を割り、中の実を取り出す。
「ほら」
「へ?」
 分からないながらに口を開くと、剥いた栗を放り込まれ、そのままむぐむぐと咀嚼する。素朴な甘味と香ばしさが相まって、それはひどく美味に思えた。
「美味いか?」
「うん。美味い」
 こくりと頷いてみせると、ロイはほっとしたように二つ目の殻を剥き、今度はそれを自分の口に放り込む。
「……口止め料だ。食べた以上、ハボックにはさっきの話は黙っていたまえ」
「何だよ、それ。口止め料になってねえし」
「わざわざこの私が手ずから剥いてやったんだ。ありがたく思え」
 ロイの言葉に、エドワードは、むう、とむくれてみせる。
 しかしロイは意に介した様子も無く、栗の殻を割って食べている。それを見ながら、エドワードは、ふと思い付いたように、ニヤリと笑った。
「……ハボック少尉以外なら言ってもいいんだよな? 例えばヒューズ中佐とか」
「――…もう一つ剥いてやるから、黙っていたまえ」
「一つじゃ足りない。もっと」
 まるで当然のように主張するエドワードに、ロイは深々と溜め息をつき、渋々栗の殻を剥き始めた。
 結局それは小袋一つ分が無くなるまで続けられる事となった。




「あ、鰯雲」
 アルフォンスの声に、エドワードはつられて空を見上げた。
 透き通るように青く澄んだ秋の空に、見事な羊雲が広がっている。
「羊雲じゃねえの? 鱗雲とか」
「そうとも言うんじゃないかな。ホントは大きさによっても名前が変わってくるんだけど。海にいる魚で鰯っていうのがいてね、この雲がその群れに似てるとか、この雲が出ると豊漁とか、そんな由来なんだって」
「ふーん……」
 雲一つ取っても様々な呼び名があるものだ。
「羊雲って言い方、初めて聞いたな。それってやっぱり羊の群れに見えるから?」
「ん―…そうだな。本来はそうなんだけど―…」
 そう言いながらエドワードは一年前の秋を思い出す。秋の公園でロイと二人で焼き栗を食べた事。指先が黒くなって落ちないとぼやいていたロイを笑った事。
 ――…栗を食べさせて貰う度、少しだけいつもと違うリズムを刻んだ心臓の鼓動の事。
「……羊の編み物屋さんが、あの羊雲を毛糸で編んでるんだ。まだ半分くらいだけど」
 ぽつりと呟いた言葉に、アルフォンスが微妙な雰囲気を漂わせながら、ギシ、と音を立てて振り向く。
「熱でもあるの?それとも、何か変な物でも食べた?」
「………うるさい」
 急に恥ずかしくなって、エドワードは早足で歩き出す。
「あ、焼き栗売ってる! 司令部に買ってこうぜ。差し入れにさ」
「あ、いいねえ。そう言えば去年も食べたよね、焼き栗」
 去年の事を思い返しているのか、アルフォンスが、秋の味覚だよねえ、と言いながら、うんうんと頷く。
 その言葉に去年食べた焼き栗の味が思い出されて、エドワードは急に空腹感を覚える。昨年の事を、ロイは覚えているだろうか。それとも忘れているだろうか。
 もし今度はエドワードが焼き栗を剥いてやって、それをロイに差し出したら、一体どんな顔をするだろう。
 そんな事を考えながら、エドワードは声を張り上げた。
「おっちゃーん! 焼き栗3袋! 一番でっかいやつね!」



秋ですので。写真は本日朝に写メったものです。
雲の名前はアルも言ってるように大きさとか色とか形とかで全然違うようで。まあその辺はアバウトって事でお願いします。
posted by 観済寺凪之介 at 23:22| 小話