2011年06月11日

君の空に。

久々に小話。
現代パラレル設定ご近所さんです。いつものように増田さんが恥ずかしいです。





 灼けつくような太陽が雲の隙間を縫って顔を出せば、それだけで容赦なく気温は上がる。
 梅雨の合間の晴れ間と言いながら、その日差しは強い。夏本番さながらの土曜日の昼下がり、エドワードは暑さに耐えかねてコンビニの袋から棒アイスを取り出すと、袋を開けて齧りついた。
「暑っちい。もう夏なんじゃねえの? まだ梅雨明けしてないとか言うけどさ」
 もごもごとアイスを頬張りながら、隣を歩く幼馴染み――…と言えばいいのだろうか。十四歳も年齢が離れているのだから幼馴染みとも言い難いが、かと言って兄のようだというわけでもない。友達というのともまた少し違う。何とも上手い表現が見つからないが、要はエドワードの隣家に住むサラリーマンだ。
「明日からは、また雨続きらしいからな。それが終わるまでは、まだ梅雨明けはしないんじゃないか?」
 いつもなら行儀が悪いと小言を言うロイも、このうだるような暑さに耐えかねているのだろう。歩きながらアイスを齧るエドワードにそんな風に応じて、指先で額に滲んだ汗を拭った。
「ロイも食う?」
 暑いのだろうと気遣うつもりで齧りかけのアイスを差し出すと、微妙な表情をして丁重に断られる。大人とは、歩きながらアイスを食べたりはしないものらしい。
 美味いのに、と呟いて、ソーダ味のそれをまた齧る。歯に沁みるような冷たさと、胃に落ちてゆくときの爽快感が堪らない。
「そんなに一度に食べると、また腹を壊すぞ」
「早く食べなきゃ溶けるだろ」
「……まあ、それもそうか」
 正論だなと呟いて、ロイは小言を言うのを諦めたように軽く溜息をついてまた歩き出す。
 そしてふと、道の先に「工事中」という看板が出ているのに気付く。この地域の電力会社の会社名が入っているその看板の矢印の向きを上に辿り、エドワードは顔を上げた。
「あ、電柱工事してるんだ」
 電信柱の上の方に作業員が昇り、何かの作業をしている。エドワードが立ち止まると、ロイもつられたように立ち止まって上を見上げた。
「そう言えば工事のお知らせが来ていたな。時間は短いが、状況によっては停電の恐れがあると」
「ふーん……」
 邪魔にならない少し離れた場所で、二人並んでその作業を何となく見つめる。作業員が手際よく何かの作業をしているのだが、その見事なまでの手早さに思わず感心してしまう。
「いいなぁ……」
 思わずぽつりと呟いた言葉に、ロイが怪訝そうな顔を向ける。
「いいって、何がだ?」
「や、何か気持ち良さそうじゃねえ? 電柱の上ってさ。ちょっと昇ってみたくなるよな」
「そうか? ……ああ、そういえば君、小さい頃の夢が『工事やさん』だったな」
「うわ、何で覚えてるんだよそんな事!」
 妙に幼い『工事やさん』という言い回しに、エドワードは流石に恥ずかしくなる。
「十四も離れていれば、大抵の事は覚えているさ。大体、君がまだおしめをしている頃から、私は君を知っているんだぞ」
「ぎゃー! おしめとか言うな馬鹿! 大体、もう小さい頃のことを持ち出すなって言っただろ?!」
「小さい頃と言うか、今でも結構ち、」
「――…それ以上言ったらぶん殴る」
 エドワードの声音に本気を感じたのか、ロイは大人しく口を噤む。それを見て、エドワードも素直に拳を下ろした。
「でも、どうして工事やさん……というか、作業員、と言えばいいのか? それが将来の夢だったんだ?」
「ああ、電柱昇りたくてさ」
「そんな理由か……」
「ほら、電柱って上の方にだけ取っ手って言うか、足場があるだろ? 子供の届くような位置にはそれがなくてさ。だから余計に昇ってみたかったんだろうなー。で、それを仕事にすれば、好き放題に昇れると思って」
 見上げれば、夏も間近な眩しい程の青空を背景に、くっきりと浮かぶシルエット。そこに自分も昇ってみたいと、首が痛くなるまで見上げていた事を思い出す。
「――…空の近くに、行ってみたかったんだ」
 どこかのの展望台のガラス越しの景色でもなく、デパートの屋上のフェンス越しの空でもなく。空と自分とか、ただそこにあるような。
 空を飛ぶ鳥にも憧れはしたが、エドワードはあくまでも人間だ。だったら、人間の出来る範囲で空に近づきたい。
「まあ、電柱は無理だったから、家の屋根とかに昇ったりとかしてさ」
「ああ……そう言えばそれで屋根から落ちて腕を骨折していたな。心臓が止まるかと思ったぞ、あの時は」
「その節は迅速に病院に運んで貰ってどーも」
「いえいえどう致しまして。……そうか、あの後、トリシャさんに屋根に昇るのを禁止されていたな。――…だからか」
 何かに気付いたように笑うロイに、エドワードは何となく嫌な予感を感じて僅かにロイとの距離を開ける。
「……何だよ?」
「今の、君の将来の夢。――…宇宙飛行士」
 唐突にそんな事を言われて、エドワードは一瞬唖然とする。
「な……何で知ってんだよ?!」
「トリシャさんから、ちょっとな」
「………母さん………」
 ただでさえロイには小さい頃のあれこれをつぶさに知られてしまっているのに、まさかこんな事まで筒抜けだとは思わなかった。
 嫌な相手にとんでもない事を知られてしまった、と頭を抱えるエドワードに、ロイはただ柔らかに笑った。
「凄い目標じゃないか。頑張りなさい」
 からかうでもなく、揶揄するでもなく。ただごく当たり前のような口調でそう言ってくれた事に、エドワードは驚く。
「………笑わねえの?」
「笑う? どうして?」
「――…無謀すぎる、とか。夢のまた夢だとか」
 この夢を口にする度、何度も言われてきた言葉。自然と小さくなる声に、ロイは不思議そうに首を傾げた。
「どうして。だって、君はその為に努力してるじゃないか。特に理数を頑張っているのもそのせいなのかと思っていたが、違うのか?」
「そう、だけど……でもさ、宇宙飛行士だぜ? 狭き門だし、例えばNASAに就職出来たからって、絶対なれるってわけでもないし」
「どうした。珍しく弱気だな。エドワードのくせに」
 ロイはおかしそうに笑うが、その笑顔にはエドワードを揶揄するような色は欠片も見当たらない。
「――…だって、みんな笑うし。無謀だとか。せいぜい、目標は高い方がいいよな、とかさ」
「じゃあ君は、誰かにそう言われたから、宇宙飛行士になろうという努力をやめるのか?」
 ロイに問い掛けられて、エドワードは、ぐっと言葉に詰まる。
「……そういうわけじゃ、ないけど」
 でも、夢だ夢だと言われ、無謀だと笑われれば、心が揺らぐ。やろうという気持ちが少しだけしぼんでしまうことも、やっぱりあるのだ。
「君が努力をやめてしまえば、そこで可能性はゼロになる。……でもやめなければ、可能性はゼロにはならない」
 滅多にみないような柔らかな笑顔で、ロイが笑う。
「夢だ無謀だと言うのは簡単だけれども、それは努力を放棄して怠惰の言い訳にしているに過ぎない。そんな言葉に、君が揺らぐ必要なんてどこにもないよ」
 柔らかな、しかしきっぱりとした口調で言い切るロイに、エドワードは、じんわりと胸の奥に何かが溢れてくるような気がする。
「………何か、ロイがタラシなの分かる気がしてきた」
 少し恥ずかしくなってそっぽを向きながらそう言うと、隣で笑う気配がする。
「それは光栄。こんな事で君がたらされてくれるのなら、言う事はないな」
 臆面も無くそんな事を言うロイに、エドワードはまた恥ずかしくなる。妙齢の女性にならともかく、隣の家の子供にこんな事を言ってどうしようというのか。
「だから、そういうとこがタラシだっての」
「そうでもないよ。いつでも余裕なんて無いし、本音しか言ってない。――…夢だと馬鹿にしたり、笑うのは簡単だけど。でも全部、元々は夢だったんじゃないか?」
「え?」
「この世の中にあるもの全部だよ。君が今食べているアイスだって、百年前はこんな暑い季節に冷たい氷菓子を食べるなんて、夢のまた夢だったんじゃないか? 出来るわけない、叶うわけないと、そんな事を言わずに努力してきた誰かが叶えてきたものだろう?」
「あ………」
 ロイの言葉に、エドワードは思わずぽかんとする。
「ああ、そっか……」
 言われてみれば、それも当たり前の事だ。この世の中の全ては、今までの誰かが、気の遠くなるような長い年月をかけて、かなえてきたものなのだ。
「宇宙飛行士だってそうじゃないか。昔は、そんな事は夢でしかなかった。でも、今は努力すればかなうかもしれない事だよ。手を伸ばせば届くかもしれない。……今日みたいな綺麗な空にも」
 ロイにつられて、エドワードは空を見上げる。その空はどこまでも澄んで、蒼かった。
「でもとりあえず、今、君の夢を少しだけ叶える手伝いをしてあげよう」
「は?」
 そう言うなりロイは、エドワードの背後に回り込む。
「手伝いって、何……うわあ?!」
 急に肩車で身体を持ちあげられ、エドワードは悲鳴をあげる。急に高くなった目線は子供の頃と違って妙に怖い。
「い、いきなり何すんだよ!?」
「昔はよくやってたじゃないか。大きくなったと思っていたが、まだまだ案外何とかなるものだな」
 不安定な気がして怖いエドワードは、必死にロイの頭にしがみつく。それがおかしいのか、ロイはまた楽しそうに笑った。
「――…ほら。少しだけ、君の空に近い」
「………え」
 そう言われて、エドワードは肩車をされたままで空を見上げる。ロイの背丈の分、それは確かに、いつもとは少しだけ――…違う空のように思えた。
 ただそれだけの事なのに、本当に少しだけ、空に近くなっただけなのに。
 手が届かない夢が、ほんの少しだけ近づいたように思えて。
 何だか嬉しくて嬉しくて、仕方がなかった。
「……くっさい台詞」
 エドワードは笑って、仕返しのようにロイの髪をぐちゃぐちゃにかき回してやった。



ツイッターでお話してる時に「ロイエドはお題さえあれば何でも書ける。例えば『電柱』でもネタが3つは即座に出てくる。ロイエド偉大(意訳)」という事になりまして。
@道に高そうな手袋が落ちてるのを見つけて、交番に届けるよりも電柱にでも引っかけといた方が持ち主が見つけやすいだろう、という事で「落し物」というメモをつけて電柱に引っかけとく高校生エドワード。そして翌日お礼の手紙が代わりに置いてあって、そこから文通が始まる。誰かに見つかる可能性があるから迂闊に個人情報を書けなくてお互いに気になりながらも中々進展しない焦れったい文通ロイエド。
↑はツイッターで概要を語ったのですが、電気工事のネタは何か書きたかったので書いてみました。相変わらず増田さんは恥ずかしい人ですね本当に。

そして分かる方には分かって頂けるかもしれませんが、私の大好きな某三人組の地球の上に愚者がいるよ(要英訳)な歌詞が微妙に混ぜ込んでありますですええ(笑)
posted by 観済寺凪之介 at 00:49| 小話