2011年12月24日

空箱(クリスマス話)

クリスマス話です。
続きからどうぞー。


「これ、やる」
 素っ気ない言葉と共に差し出されたのは、両手に乗る程度の大きさの、油紙でくるまれた包みだった。
「……これは?」
 意図が分からずに尋ねると、エドワードはそっぽを向いて、ますます素っ気ない口調で応じる。
「こないだ入った店で見つけた。……だから、大佐にやる」
 信じがたい事に、これはどうやら、彼からのプレゼントという事らしい。
 よくよく見れば、頬が微かに赤い。どうやら、珍しく照れているらしい。
 この金色の子供に片恋をしている身としては、彼から何かプレゼントを貰えたというだけで無性に嬉しい。密かに高鳴る鼓動を抑えながら、ロイは笑顔で応じた。
「とても嬉しいよ。ありがとう、鋼の」
「中身も見てねえのに、ありがとうとか言うなよ」
 少し呆れたように言われて、もっともだと思い、包みに手をかける。
 どうやら、骨董屋かどこかで買ったものらしい。買ったままの包みで差し出すところが、いかにも彼らしい。
 幾重にも包まれたその中身を見て、ロイは軽く目を瞠る。それは、少し予想外のものだった。
「これは……宝石箱か何かかな」
 それは、小さな鍵のかかる箱だった。両手の上に乗る程度の大きさで、随分と古びてはいたが、その凝った繊細な意匠から、良いものだと分かる。
 一緒に入っていた鍵で箱を開けると、内蓋には少しくすんだ鏡が填めこんであり、その内側は小物を入れるようになっている。しかし、その中身は特に何も入っていなかった。
「何か、大事なものとか入れる箱なんだってさ。だから何か入れとけよ」
「大事なものか……」
 色々と考えてはみるが、特には思いつかない。女性であれば、きっと装飾品の類を入れるのだろう。指輪や、ピアスや、イヤリングなどを。これは恐らく、その為の小物入れなのだ。
「君なら、何を入れる?」
「は?」
「いや、君ならこの箱に、どんなものを入れるんだろうと思って」
 それは、単純に好奇心からの質問だった。錬金術と弟の身体を元に戻す事しか頭に無いようなこの子供が、何を大事に思っているのか。それに興味があったのだ。
 エドワードは珍しく、少し困ったような顔をした後、視線を泳がせながら答える。
「……形の無いものとか」
 随分と抽象的な答えだ。ロイの疑問を察したのか、エドワードは小さな声で付け足す。
「ええと、だから……気持ち、とか」
 意外な答えに、ロイは思わず目を瞠る。まさか、エドワードがこんな事を言うとは思わなかったのだ。
 驚きが顔に出ていたのだろう。エドワードがムッとしたようにロイを睨み返す。
「――…何だよ。笑いたいなら笑えよ」
「とんでもない。……ただちょっと、意外で。君がまさか、そんなロマンティックな事を言うとは思ってもみなかったから」
「うるさい。……もう行く。じゃあな」
 そう言うなり、エドワードはさっさと踵を返し、執務室を出てゆく。
(……怒らせてしまったかな)
 その後ろ姿を見送ってから、ロイはしまった、と思う。折角プレゼントを貰えたのだから、それを口実に何かお返しをすると言うべきだった。
 ロイがエドワードの欲しそうなものを選んでもいいし、もし承諾してくれるのなら一緒に買いにいってもいい。もうそろそろクリスマスなのだから、賑やかな街を一緒に歩けたら、きっと楽しいだろう。
 しかし、エドワードは基本的に滅多にロイのところには来ないし、電話を寄越す事も稀だ。連絡を取る為に口座を止めるという暴挙に出た事があったが、あの手はもう使えないだろう。そもそも、そんな事をしたら余計に怒らせるに決まっている。
(――…次に来た時にでも、誘ってみるか)
 ロイはそう決めて、諦めて溜まっている書類に手をつけた。


 
 エドワードのくれたその箱は、それ以来、ロイの執務室の机の上に置かれている。美しい箱だから、眺めるのは楽しいし、何よりも、エドワードから何かを貰うなどというのは初めての事なのだ。
 エドワードがどんな意図でロイにこれをくれたのかは今ひとつ分からなかったが、嬉しい事には変わりない。
 ホークアイはいつになく上機嫌なロイに、微妙に何か物言いたげな表情をしていたが、結局何も言わなかった。女性物の小物入れを机の上に飾っているロイをハボックなどは気味悪そうに見てきたが、エドワードからの贈り物だと知ると、妙に納得していた。
 そして、思いがけない事が発覚したのは、ファルマンの一言だった。
「おや。随分と古いオルゴールですね」
「………オルゴール?」
 箱に目を止めてそんな事をいうファルマンに、ロイは思わず鸚鵡返しに聞き返した。
「違いましたか?」
「いや、実は貰いものでよく分からないんだ。単なる小物入れだと思っていたんだが、これはオルゴールなのか?」
「おそらくはそうだと思いますよ。中央にあったオルゴール職人の工房で作られたものだと思います。よく似たものを昔に見た事がありますから。一緒に鍵がありませんでしたか?」
「これだ」
 鍵をかけていない箱から鍵を取りだしてファルマンに渡すと、ファルマンはそれをしげしげと見つめてから、大きく頷いた。
「やはりそうですね。ほら、ここに工房の名前が入っています。それに、ほら」
 そう言いながら、ファルマンは鍵の先端をロイに示す。その位置に、真四角の窪みがあった。
「この鍵は、オルゴールのねじを兼ねているんです。この窪みに合わせて発条が巻けるようになっています。壊れていないのなら、聴けると思いますよ」
「――…しかし、その発条を巻く場所が見当たらないんだが」
 箱の裏を見ても横を見ても、勿論内部にも、それらしきものは見当たらない。本当にオルゴールだというのなら、発条を巻く場所がどこかにある筈なのだ。
「それはおそらく、その箱のどこかに隠されているんでしょうね。それが、この工房のオルゴールの特徴なんです。探してみましょうか?」
 ファルマンの申し出に、ロイは笑って首を横に振る。
「いや、折角なんだ。自分で探してみる事にしよう」
 ロイの言葉に、ファルマンも笑って、そうですね、と応じて退出していった。ロイはオルゴールと判明したその箱のあちこちに指で触れながら一つ一つ、隠された場所を探ってゆく。
 エドワードは、これがオルゴールだと知っていたのだろうか。もし知っていたのなら、くれる時に一言ありそうな気がするから、何も知らなかったのかもしれない。
 宝探しをする子供のような気分で、ロイは箱の側面にある装飾を一つ一つ辿る。こういうオルゴールは大抵、蓋を開けると音が鳴り、蓋を閉めると音が止む。となれば、発条を巻く場所は箱の外側にあると踏んだのだ。
 隠し方はごくごく単純なものに違いない。複数の手順は不要で、すぐに動かしてすぐにねじが巻けるような構造の筈だ。
 ふと、ロイの指先が何かを捉えた。間違いない。――…動く。
 装飾の一つを、少し力を込めてスライドさせる。そこから現れたのは、まぎれもなく発条を巻く為の場所だった。
 ロイは嬉々として鍵を当て、発条を巻いていく。ピン、と弾けるような感触がして、ネジが廻り始める。何度か巻いたところで止めて、そっと蓋を開いた。
 少し錆びたような音色が響き始める。やはり、これはオルゴールだったのだ。何の曲かは分からないが、哀切な響きのあるメロディだ。
 しかし、音が妙にくぐもっているように聞こえる。やはり古いせいなのかと箱の中を覗きこむと、ふと、違和感を覚えた。
「これは……」
 内蓋の位置が少し浮きあがっているような気がする。先程、ピンと弾けるような音がした気がするのは、これが原因だったのだろうか。
 指で触れてみると、完全にそこが浮いている事が分かる。外れるのなら内部の様子を見てみようとそれを外すと、その中に何かが入っている事に気付いた。
 それは四つ折りに畳んだ紙で、それがシリンダーに引っ掛かっている。くぐもるような音の原因はこれだったのだろう。
 紙は黄ばんでいるような事も無く、新しいもののように見える。そっと摘んでそれを開くと、そこには走り書きのように、たった一言。

好き

 その走り書きに、ロイは目を瞠る。
 それは、見間違えようも無い、見慣れたエドワードの字だった。
 宛名も無く、署名も無い。だた一言だけの――…恋文。
(……ここに、このメモを入れたのは、彼の意思の筈だ)
 それについては、まず間違いないだろう。こんな言葉を書いたのも、エドワードの意思以外には考えられない。
 ならば、これをロイにプレゼントだと言って渡して来たオルゴールの中に隠したのは何故なのか。
 オルゴールだという事を知っていたのに、それを隠していたのは何故なのか。
 そして何よりも――…この手紙は、誰に宛てたものだというのか。

『……形の無いものとか』

 不意に、エドワードの言葉が蘇る。

『ええと、だから……気持ち、とか』

 気持ちを入れたというのだろうか。彼の、エドワードの気持ちを。
 つまり、それは。

「……中尉!」
 そこまで考えて、ロイは勢い良く立ち上がった。
 司令室にいるホークアイのところまで足早に向かい、早口で用件を述べた。
「休暇が欲しい。出来れば今すぐに。それから、鋼の錬金術師の居場所を調べて欲しい」
 有無を言わせぬ勢いのロイに、司令室にいた他の面々は唖然としてロイを見つめている。しかしホークアイはいつもの怜悧な表情を崩さないまま、冷静に応じた。
「リゼンブールです」
「え?」
「エドワード君達は、クリスマスから年始まで、リゼンブールで過ごすと言っていましたから。だから今頃はリゼンブールにいます」
 そう言ってから、ホークアイはにっこりと笑った。
「エドワード君のプレゼントのお陰で、ここのところ真面目に働いて頂きましたから、今からでも休暇は差し上げます。でも、三日が限度ですよ?」
「分かった。ありがとう。……恩に着る!」
 ロイはそう言って、慌ただしく司令室を出ていく。今から駅に向かえば、夕方にはリゼンブールに着く列車に間に合う筈だ。着替えていく時間すら惜しくて、軍服の上からコートを羽織る。
 そんな事をしながら、ロイは自分の予想が当たっている事を少しずつ確信していく。宛名も署名も無かったあの恋文は、やはり、間違い無くロイに宛てたものだ。
 色々な事を曖昧にしたのは逃げ道を残したつもりかもしれないが、もう逃がしてやる気などは無い。全力で追って、全力で捕まえる。
 コートのポケットにオルゴールを無造作に突っ込んで、雪のちらつきだしたイーストシティの街中を、ロイは全力で駆けだした。



記憶に残っている一番古いクリスマスプレゼントがオルゴールです。
そして仕組みに興味を抱いた幼き頃の私(当時多分4歳)はドライバー等を駆使してオルゴールを分解致しました…。子供って基本的に暗黒の破壊神ですよね、うん。
posted by 観済寺凪之介 at 20:44| 小話