2012年05月10日

新婚シリーズ番外編

新婚シリーズ出張編。
※この小話は「大佐とエドが当然のように結婚している」という設定の元に書いているシリーズものです。しかし単品で「何か新婚イチャラブ」を念頭に置いて頂けましたら問題無いとか思います。
新婚シリーズ総集編「JUST MARRIED Special」収録の、season3「何度も何度でも」より、「もし記憶喪失になったのが大佐の方だったら?」的な感じで。







「大佐。……本当に、何も思い出せないんですか」
 困ったように眉を寄せるハボックに、ベッドの上で上体を起こしていたロイは、沈痛な表情で首を横に振った。
「済まない。――…何も、思い出せないんだ」
 いつものロイからは想像もつかないような気弱な表情に、ハボックは同じく傍らに付き添っているホークアイと視線を交わし合い、溜息をついた。
 ロイが記憶喪失になったのは、つい昨日の事だ。テロリストによる爆破事件に巻き込まれたロイは、頭を打った衝撃で気絶し、病院に運び込まれ―…そして、目を覚ました時には自分の名前すら思い出せないような状態にあった。
「ロイ・マスタング……それが、私の名前なのか……」
 そう呟いた途端、ロイは低く呻いて両手で頭を抱える。
「……っ、頭、が……」
「無理をしてはいけません。……そのうちに、自然に思い出せる事もあるだろうとお医者様が言っておられました」
 いつもとは比べ物にならないぐらいに優しい声音でホークアイが語りかけ、ロイを宥める。
「でも中尉、このままじゃ困るッスよ。大佐がいないと動かせない案件もありますし――…」
「そうね。……そもそも、大佐が普段からもっと勤勉に働いて下さったら、こんなにも仕事が山積みになる事も無かったのだけれど―…」
「……中尉。手がホルスターに伸びてます」
「あらいけない。つい無意識に」
「……い、色々と済まない」
 怪我の痛みとはまた別な要素で顔を青ざめさせながら、ロイが謝る。どうもこの美人の副官には、目を覚ました時から頭が上がらない。
 地位だけで言えば自分の方が上だった筈なのだが、何故か本能的に恐怖を覚え、従わずにはいられないのだ。記憶を失ったとは言え、本能に刻み込まれているのかもしれない。
「そういや、エドの奴には知らせたんスか?」
「ええ。幸い、すぐに連絡がついたから。急いで戻ってくると言っていたから、そろそろだとは思うんだけど」
「……エド?」
 その短い名前に、ロイは思わず反応する。昨日ざっと紹介された部下の中に、そんな名前は無かったように思う。
 エド、というのはおそらくは愛称の類だろうか。エドガーだとかエドモンドだとか、もしくは――…
「エドワード」
 するりと口から出てきた名前に、ロイは驚いて口元を手で覆う。その言葉に、ホークアイとハボックは驚いたように目を瞠った。
「大佐、思い出したんですか?」
「エドの事は分かるんですか?!」
「い、いや……何故か今、名前が」
 そう言いながら、心臓がとくとくと速い鼓動を刻み始める。その名前だけで、何故か胸が熱くなる。
 それは自分にとって、ひどく大事な相手だったような気がしてならない。
(エドワード)
 どきどきする胸を抑えながら、胸の裡でその名前を繰り返す。その名前が示す誰かの面影を、必死で手繰り寄せようとしていた時。
「大佐!」
 勢い良く病室のドアが開き、一人の小柄な人物が飛び込んできた。
「大丈夫か? 怪我は――…」
 心配そうな蜂蜜色の瞳に覗きこまれて、ロイは自分の頬が熱くなるのを感じる。優しく手を握りこまれたところから彼の体温が伝わって、まるで火傷しそうな感覚すら覚える。
「……大佐?」
 何の反応も見せないロイに、エドワードは怪訝そうに首を傾げる。その仕草にすらときめきを覚えて、ロイは言葉を発する事すらままならない状態に陥る。
「エドワード君。落ち着いて聞くのよ」
「中尉……」
「……大佐は、記憶喪失になってしまわれたの。ご自分の事も、何も分からないそうよ」
「記憶喪失? ……じゃあ、オレの事も?」
「あ、ああ……済まない」
 蜂蜜色の瞳でじっと見つめられ、ロイはどきまぎしながらも応じる。
「その、君の名前を聞いてもいいだろうか……?」
 まるで恋する乙女のような仕草で妙にもじもじとしながら尋ねるロイに、ホークアイとハボックは揃って微妙な表情を浮かべる。
「オレはエドワード。エドワード・エルリック」
「エドワード……素敵な名前だ……」
 うっとりと呟くロイに、思わずと言った様子でホークアイの片手が銃のホルスターに伸びる。それに気付いたハボックが、慌ててそれを押しとどめた。
「そ、その……君は、私とはどういう関係だったのか、聞いても良いだろうか……?」
 指でシーツの上にのの字を書きながら、もじもじと頬を染めながらロイが重ねて尋ねる。その壊滅的な気色悪さに再びホークアイの手がホルスターに伸びたが、ハボックが小声で「中尉、落ち着いて下さい!」と必死で宥めている。
 それに気付く様子もなく、二人の為に世界はあるの状態で、ロイとエドワードは、ただじっと見つめ合っていた。
 エドワードの蜂蜜色の瞳が、静かにロイを見返している。意思の強さと、彼の強さを現わしているかのような強い瞳。
「――…一度しか言わないから、よく聞け」
「わ、分かった」
「オレは」
 エドワードはそこで言葉を切った。ロイは高鳴る鼓動を抑えながら、その続きを待つ。
「あんたの人生の伴侶だ。ロイ・マスタング」
 はっきりとした口調で告げられたその言葉を、ロイは歓喜と共に受け入れる。
「君が、私の……ほ、本当なのか?! わ、私は世界一の幸せ者だ……!」
 幸せのあまりにむせび泣きそうな勢いのロイの頭を、エドワードが笑いながら撫でてやる。
「何言ってんだよ。これからもっともっと、オレがあんたの事を幸せにしてやるって約束したろ?」
 愛しげな仕草でエドワードがロイの髪を梳き、その額にキスを落とす。それだけでロイは更に真っ赤になった。
「し、しかし、私は君の事も仕事の事も、何も覚えていなくて―…」
「大丈夫だって。忘れたなら、また覚え直せばいい。大した問題じゃねえよ」
「そうか。……それもそうだな!」
 先程までの深刻な様子はどこへやら、ロイはエドワードの手を握り、嬉しそうに微笑んでいる。
 その頭をもう一度撫でてやってから、エドワードはようやく周囲の状況を思い出したのか、ホークアイの方を振り返った。
「中尉、大佐の怪我って酷いのか? しばらく入院?」
「いいえ。もともと外傷は無いの。頭を少し打った程度だから」
「そっか。じゃあ、家に連れて帰ってもいい? 飯とか食わせてやりたいし」
「そうね。……お医者様もその方がいいと仰ってたから」
 その言葉にホークアイが頷いてみせると、エドワードはてきぱきとロイを着替えさせ、荷物を持ってロイの手を引き「じゃあ」と挨拶をして病室を出ていった。
 エドワードに手を引かれたロイは、心底幸せそうにその後をついてゆく。
 その姿を見送ってから、ハボックはおもむろに溜息をついた。
「……一目惚れならぬ、二度目惚れってやつですかね」
「そうね。……何だか、心配したのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ」
「同感です」


 そして翌朝。浮かれに浮かれまくったロイは自宅の階段を踏み外し、その衝撃であっさりと記憶を取り戻したという。
 
posted by 観済寺凪之介 at 07:33| 小話