2013年10月29日

Will o' the wisp(無配再録)

Will o' the wisp(10/27・無料配布本再録)



「これ、あんたにやるよ」

 そんな言葉と共にエドワードから差し出された包みに、ロイは面食らう。
可愛らしいオレンジ色の、小さな包み。それがハロウィンのジャック・オ・ランタンを模したものだと気付き、そしてようやく、そろそろハロウィンの時期なのだと気付いた。
「……ありがとう。しかし、何故、私にこれを?」
「特に意味は無えよ。たまたま見つけたから。あんた、甘いもの好きだろ?」
 その包みの中身は、どうやらキャンディやチョコレートの類らしい。確かに、仕事中に時々甘いものが欲しいと思う事もあるから、それは嬉しい。
「ありがとう。大事に食べるよ」
 包みの可愛らしさも相まって、まるで宝物のようにそれを押しいただくと、エドワードが笑う。
「日持ちするものばっかの筈だけど、痛む前に早めに食えよ」
 いつもは素っ気ないくせに、妙に優しい言葉を残して、エドワードはホテルに戻っていった。許可証の発行を早めに頼むという一言を言い残して。
 エドワードを見送ってから、ロイは早速その包みを開け、目に付いたチョコレートを口に含む。普通のプレーンチョコレートだったが、それはやけに美味しかった。
(……お返しをしたいな)
 エドワードの事だから素直に受け取らないような気もするが、そう思いつくと何だか楽しくなった。お返しをするのなら、何がいいだろうか。菓子の礼なのだから、あまり大袈裟すぎないものがいい。しかし、それでいて気が利いているものと言えば何だろうか。
 あれこれと頭に思い浮かべながら、ロイは久しぶりに浮かれた気分で仕事を再開した。




「………ううむ」
「大佐、まだ悩んでるんですか?」
 司令室の机で頭を抱えるロイに、ハボックが呆れたように声をかける。
「そうは言うがハボック。……難しいじゃないか」
「だから、お菓子にすればいいじゃないですか。ちょっといいやつ」
「お菓子にお菓子では、芸が無いじゃないか」
 そう言い返したところで、丁度ホークアイが顔を出した事に気づいて、ロイは声をかける。
「中尉、君は何がいいと思う? 昨日話した、鋼のへのお返しなんだが」
「また、その話ですか?」
 表情こそ変える事は無いが、その口調には微かにうんざりしたような響きがこもっている。
「――…そうですね。私なら、まず、お礼を言います。美味しかった事と、嬉しかった事と」
「ふむふむ」
「そして、エドワード君の為に早く仕事をして、許可証の発行や報告書が来た時に、迅速に処理出来るように努力します」
「……それは君が欲しいものというか、して欲しい事じゃないのかね」
「そうとも言いますね。利害の一致というやつです」
 そう言った後で、冗談は置いておいて、とホークアイは付け足した。どう聞いても本気の響きがあったが、どうやら彼女としては冗談のつもりだったらしい。
「エドワード君は、特にそんなものは望んでいないと思いますよ。ただ、大佐にお菓子をあげたかったと思ってくれたんです。喜んで受け取って、そしてお礼を言えば、それでいい話でしょう」
「………それは、そうなんだが」
 しかし、ロイはエドワードに何かを返したいと思うのだ。単純に菓子が嬉しかったせいもあるし、エドワードが自分に対して、そんな風に気を使ってくれた事が嬉しかったせいもある。
 時計を確認して、エドワードが予告していた訪問時刻が近い事に気付く。あれこれ考えていても仕方がない。本人に聞くのが一番だろうと結論づけた。




「鋼の、何か欲しいものは無いか?」
「え、何で?」
「この前、お菓子をくれただろう。だから、お礼をしないと」
 ロイがそう口にした途端、エドワードが目に見えて不機嫌になるのが分かった。
「……要らない」
「いや、しかし、御礼をしないわけには……」
「要らないって言ってるだろ!」
 もう行く、と言い捨てて、エドワードは執務室を出ていく。

(……何も、あんなに怒らなくてもいいだろうに……)
 どうしてそこまでエドワードが怒るのか分からなくて、ロイはただ、困惑する。些細なものとは言え、貰ったのだからお返しをするべきだろう。しかも、ロイはエドワードよりも年上で、保護者のような立場なのだ。貰いっぱなしとはいかない。
 それからしばらく、お返しをしたいロイと、それを拒否するエドワードとの攻防戦が続いた。マスタング組の面々は呆れたようにそれを見守り、アルフォンスは「兄さん、頑固だから」とは言ったが、それ以上の事を口出しする事は無かった。




(……そうこうしているうちに、とうとうハロウィン当日になってしまったな)
 仕事を済ませ、ロイは一人、とぼとぼと家路につく。
クリスマス程ではないが、町中の店はハロウィンの飾りで賑わっている。仮装した子供たちが、賑やかにロイの傍を駆け抜けてゆく。おそらく、どこかの家にお菓子をもらいに出かけるところなのだろう。
 そして、川沿いのベンチに腰掛ける小柄な人影に、ロイは足を止めた。
「――…鋼の」
 思わずそう声をかけると、エドワードはロイに気づき、軽く手を挙げて応じる。
「……君は、ハロウィンには参加しないのか?」
「もう、そんな歳じゃねえよ」
 穏やかな返答に、ロイはほっとする。もう、こんな風に話が出来ないのではないかと、勝手に思い込んでいたせいだ。
「隣、座っても」
「どうぞ」
 あっさりとそう応じて、エドワードは少しずれてロイが座る場所を作ってくれる。
 川の対岸にはハロウィンの飾り付けをした店が並んでいて、随分と賑やかだ。
そこかしこに、ハロウィンの象徴である、オレンジ色の南瓜で作られた、ジャック・オ・ランタンがあちこちで笑っている。
「なあ、あのかぼちゃ、何だか知ってるか?」
「ジャック・オ・ランタンだろう」
 ハロウィンは最近流行し始めた祭りだが、その程度の知識はある。しかしその答えに、エドワードは小さく笑った。
「名前じゃなくて、その由来だよ。何の象徴なのか、聞いた事無いか?」

 そう言って、エドワードは静かな口調で語り始めた。


 ジャック・オ・ランタンというのは、そのまま解釈すれば「ランタンを持つ男」という意味だ。
しかしそれは元々、ウィル・オー・ザ・ウィスプ――…一掴みの藁のウィリアム、という名だったのだという。
 何でもそのウィリアム、ウィルという男は大変な極悪人で、人の恨みをかって殺された後、聖ペテロに地獄行きを言い渡されそうになった。しかし言葉巧みに彼を騙し、再び人間界に生まれ変わった。
しかし、生まれ変わった後もウィルは悪行三昧を働き、そして再び死を迎えた時、死者の門で出会った聖ペテロに「お前はもう、天国へ行くことも、地獄へ行くことも許さない」という宣告を受け、どこに辿りつく事も許されず、ただ煉獄の中を漂うことになる。
そんなウィルを見て哀れんだ悪魔が、地獄の劫火から、轟々と燃える石炭を一つ、ウィルに明かりにするようにと渡した。その石炭を入れたのが、藁であったり、南瓜であったり、はたまた蕪だったりするのだという。

 そして、どこにも行けずに彷徨うそのウィルの持つ明かりは、鬼灯となって現れるのだと、エドワードはその話を締めくくった。


「――…そんな由来があったんだな」
 元々はアメストリスの一地方でのみ行われていた祭りだった為、そんな由来があったとは知らなかった、と、ロイは素直に感心する。
「悪魔にも憐れまれる境遇って、何だか凄いよな」
「そうだな。行先が例え地獄であっても、帰る場所が無いという事が一番辛いのかもしれない」
 そう言いながら、ロイはふと、エドワードとアルフォンスの境遇を思い出す。帰る場所が無いのではなく、帰る家を自ら燃やしてしまった兄弟。
 ――…帰る場所を探しているのではなく、帰る資格を得る為の度のように、時々、思う瞬間がある。
「でも、それなら、その明かりは、ウィルにとって何よりの救いになったと思うんだ」
 だから、とエドワードは、そこで言葉を切ってから続けた。

「……だから。あんたがもし、オレに何かくれるのなら。それは一掴みの藁でいい」

 ひどく大人びた表情に、ロイはどきりとする。まだ子供だと思っていたのに、いつの間にこんな表情をするようになったのか。
 それはまるで、苦しい恋でもしているような――…

「轟々と燃える石炭は要らないのか?」
「え?」
 思わず、ぽろりと口から零れた問いかけに、エドワードは不思議そうな顔をする。
「だって、要るだろう。……藁だけでは明かりにならない。燃やさないと」
 そう言って、指を弾く真似をしてみせると、エドワードは少しの間きょとんとしてから――…笑い出した。
「……そっか。うん、そうかも」
 笑ってみせてから、でも、とエドワードは続ける。
「それは要らない。……大佐からは、もう貰ってると思うから」
「――…そうか」
 それが何かとは問えなくて、ロイは、ただ、頷いてみせた。
「……しかし、やはり、私も君に何かあげたいんだが」
「しつこいな、あんたも」
 再度の要請に、エドワードが流石に嫌そうな顔をする。
「だって、不公平じゃないか。私だって、君に喜んで貰いたいのに」
 何気なくそう口にした言葉に、エドワードが目を瞠る。
「……喜んで貰いたい?」
「だって、そうだろう。些細なものだったかもしれないが、私は君にお菓子を貰って、嬉しかった。だから、私も君に何かを返したかった。プレゼントとは、そういうものだろう」
 必死にそう主張すると、エドワードが呆れたような顔になる。
「――…大佐ってさ。気障だとか、恥ずかしい奴とか、言われた事無いか?」
「な……! わ、私は、真面目にだな!」
「分かった分かった。……で、何くれんの?」
 笑いながら差し出されたエドワードの手に、ロイは眉を寄せる。
ここでスマートに、エドワードの欲しがるようなものを口に出来れば良いのだろうが、生憎と錬金術関係の文献しか思い当らない。そういうものをプレゼントにするのは、何故か嫌だった。
「それが決まっていないんだ。……色々考えてみたんだが、君が何を喜んでくれるのか、分からなくて」
「ふうん? 例えば、どんなの?」
「……実用的なもの、かな。万年筆や手帳なんかの文房具か、今からの季節だと、マフラーだとか、コートだとか……」
「文房具はともかくとして、マフラーだのコートだの、菓子の礼にしては、大袈裟すぎないか?」
「お菓子にお菓子を返すのでは、芸が無いだろう。それに――…」
 何か残るものを渡したかったのだと言いかけて、ロイは慌てて、その言葉をのみこむ。それではまるで、口説いているようだ。
「何?」
「……いや、何でもない。それより、今から買いに行かないか。私から君へのプレゼントを。幾つか候補は絞ってあるんだが、これという決定打がなくて」
 ロイの言葉に、何それ、とエドワードが笑う。その笑顔を、もっと見てみたいと、ロイは思う。
「買って貰うかどうかは別として、あんたがオレに何を選んでくれたのかは、見てみたいかも」
「決まりだな」
 晴れやかな気分で、ロイは立ち上がる。もう日は暮れたが、まだ開いている店はある筈だ。今日だけで廻りきれないのなら、次の機会に回してもいい。
(……むしろ、その方がいいか)
 エドワードと買い物に行ける口実が出来るのなら、その方が好都合だ。
 何がどう好都合なのかと自分で自分に首を傾げながら、先に立つエドワードの背を、ロイは追いかけた。



無自覚×自覚。
posted by 観済寺凪之介 at 07:33| 小話