2014年10月26日

むずむず

(痒いって言うのはさ、ちょっとだけ痛いって事なんだって)

 まだ声変わりもしていないような、幼く高い声が耳に蘇る。
 あの時、自分は何と答えただろうか。それは覚えていないが、指先についた切り傷が治りかけで痒い、と、ぼやいた事が切っ掛けだったように思う。
 痒いからと言って闇雲に掻いたりすれば、また傷口が開いてしまいかねない。子供ではないのだから、痒くても我慢する。そんな事は当然分かっている。
 しかしそれは、本当は傷口が痛むからだ。ほんの少しだけの、自分でも分からないような微かな痛み、小さな傷。少しでも引っ掻いてしまえば、そこからまた、新しい血が流れ出す事になる。
 だから、気付かないふりをする。そこに傷口があり、それが微かに痛む事を。

 あの金色の子供に出会ったのは、東方司令部に居た頃だった。そのうちに栄転で中央司令部に行く事になり、そしてまた、一つ階級を上げて東方へと戻ってきた。
 懐かしい古巣でもあるし、部下は腹心の者ばかりだ。負傷してリハビリに励んでいるものもいるが、そのうち戻ってくる事になるだろう。多少の違いはあれど、何もかも元通りだ。
 あの子供達を、彼らの存在を除いて。
 彼等は軍に関わりを持ってはいたが、正式な軍人では無かった。しかし、目的を達成する為の手段として、軍に首を垂れる事を選んだ。
 しかし目的を達した今、彼等がこの東方司令部を訪れる事は無い。
 別れ際「じゃあ、また」と言われはした。僅かな小銭の貸し借りという、微かな縁も残った。
 それでも自分は、また、とは言えなかった。社交辞令や建前上の言葉であったとしても、この兄弟が軍に関わりを持つ事は好ましくないと思えたからだ。望んでいたものを取り戻し、新たな道へと歩み始めた子供たちに、これ以上、軍が関わる必要も無いだろう。
 だから、元気で、とだけ、伝えた。
 兄の方とは、ほんの少しだけ、互いに特別だったように思う。しかしそれぞれの立場や環境から、それを言葉にした事は、ただの一度も無かった。
 それでも、気持ちが向き合っていたという確信はあった。例え、恋とさえ呼べないものであったとしても、それは自分だけの自惚れでは無かった筈だ。時々顔を合わせ、お茶や食事の誘いをかけ、断られる度、つれないなと冗談めかして応じる。そんな些細なやりとりだけで幸せだった。
 書類を片付ける合間に、自分の手を眺める。あの時、指先にあったのだろう、小さな傷を探してみる。しかし当たり前の話だが、そんな傷は、もうどこにも見当たらない。
 ――…傷なんて、どこにも無い。無い、筈だ。
 まだまだ課題は残っているとは言え、自分達は物語の後にいる。めでたしめでたし、の後の筈なのに。どうしてこんなにも、あの頃の事を思い返してしまうのだろうか。
「………………」
 思わず名前を呼びかけそうになって、やっぱり何も言えずに口を閉じる。
 軽々しく、彼の名前を呼べるわけがない。呼んでいい筈も無い。
 辛いわけでも、悲しいわけでも、苦しいわけでもない。
 多分、ただ――…少し、寂しいだけだ。あの頃の気持ちが、あの頃に置き去りになっている、ただそれだけの事が。
 小さく溜息をついたところで、机上の電話が鳴る。
「マスタングだ」
 端的に名乗ると、鈴を振るような軽やかな交換手の声が響く。
『外線からお電話です。お繋ぎしても宜しいでしょうか?』
「外線? ……珍しいな。相手は?」
 ロイ宛に入ってくる電話と言えば、軍人が殆どだ。「軍に意見を言いたい!」だの「先日マスタング准将に助けて頂いて、一言御礼を……」というような電話は交換手が適当にあしらってくれる為、ロイに廻されてくる事は殆ど無い。また、プライベートな友人や知人は、自宅の電話を知っているので掛けてくるような事も無い。
『元国家錬金術師の、エドワード・エルリック様です。念の為にコードをお伺いしましたが、一致致しました』
「…………え」
 意外すぎる名前に、思わず思考が停止する。
『お繋ぎしても?』
「あ、ああ……頼む」
 プツプツという音を立て、一拍置いてから、電話が繋がる。
『あ、大佐? ……じゃなくて准将か。オレだけど。エドワード』
 賑やかな音が背後から聞こえてくるところを見ると、外の公衆電話からかけているのだろう。記憶にあるよりも、また少し、声が低くなったように思える。ひょっとしたら、背も高くなっているのかもしれない。
『もしもーし? 繋がってるか?』
「あ、ああ……済まない、つい」
 思いがけないエドワードからの連絡に、これが現実だという認識が遅れてしまった。不審そうな声に、慌てて謝罪を返す。
「……君が連絡してくるなんて、珍しいな。何か、困った事でも?」
 国家錬金術師時代はトラブルメーカーとして名高かったエドワードの事だ。年齢を重ねる事で多少落ち着いたとは言え、またどこかで何かのトラブルに巻き込まれている可能性は充分に有り得る。
『いや、別に。近くまで来てるから、一緒に飯でもどうかと思って』
「…………は?」
 思いがけない人物からの電話で、更に思いがけない事を言われて、ますます混乱する。エドワードが国家錬金術師だった頃も、ロイから食事やお茶に誘う事はあっても、エドワードから誘われる事など、一度も無かった。正真正銘、ただの一度も、だ。
『もしかして、今日は忙しいか? 無理そう? なら、オレ、しばらくこっちにいるからさ、どっかで……』
「いや、今日なら空いている。……空く、筈だ」
 慌てて応えてから、机の上の書類の進捗状況を確認して、語尾が小さくなる。それでも、今から死ぬ気でこなせば、何とか夕食には間に合う時刻には司令部を出られる筈だ。
「――…17時……いや、18時頃に司令部に来てくれないか。受付には話を通しておくから」
『分かった。じゃあ、後で』
「待ちなさい、鋼の。……本当に、何か困った事があったのではないのか? それとも、何か、私に頼みごとがあるとか」
 電話を切ろうとするエドワードに、慌てて問いかける。もし何か用件があるというのなら、先に言って貰えれば手配も出来る。そう思っての問いかけだったのだが、返ってきたのは「だから、別に何も無いって」という呆れたような返事だった。
「そうか、ならいいんだが……君が、用も無いのに私を食事に誘ってくれるなんて、初めての事だったから」
 思わず零れた本音に、受話器の向こうに沈黙が落ちる。余計な事を言ってしまったかと不安になっていたら、溜息をついたような微かな気配が耳に届いた。
『……まあ、用はあると言えば、ある。本当は、会って話そうと思ってたんだけどさ』
「そう、か……」
 わざわざ顔を合わせてまで話す用件とは、一体何なのだろう。もしかして、あの可愛らしい幼馴染の少女との結婚が決まっただとか、そんな話なのだろうか。年齢的にはまだ早いが、有り得ない話ではない。
 もしそんな話だったとしたら、私は上手く笑えるだろうか。
『――…何かこう、むずむずして』
「は?」
『すっきりしないって言うか……やっぱり、はっきりさせておきたいって言うかさ。ほら、オレもあんたも、実際に口に出して言った事は無かっただろ? 色々とやらなきゃいけない事もあったし、色々としがらみって言うのか? そういうのもあったしさ。本当なら、はっきりさせないままで済ませるのが良かったのかもしれないけど、でも、今なら……や、全く問題無いわけじゃないけど、でも、昔よりはマシって言うか、』
 らしくもない回りくどい言葉を繋げて、エドワードが一体何を言いたいのかを察して、思わず絶句する。
 あの戦いの最中に何も言わなかったのも、はっきりと言葉にはせずに別れを告げた事も、互いの暗黙の了解だと思っていた。エドワードも、それを望んでいると思っていた。
「……鋼の……」
『――…分かってないとは言わせねえ。あんた、そんなに察し悪くないだろ』
 拗ねたような、怒ったような、そんな声音が愛しい。
 愛しいと思ってもいい事が、それが許されるのだという事が、ただ、嬉しい。
「そうだな。……とりあえず、顔を合わせてからだな」
『…………おう』
「公衆電話と軍部の電話では、愛を語り合うのに相応しくない」
『ば…………っ!』
 慌てたような気配に、何だかおかしくなる。年齢の割に妙に初心なところは変わっていないらしい。そんなところも、何だか嬉しい。
「夕食を摂る店は、私に任せて貰っても?」
 意識して声に艶を乗せれば、電話の向こうで唸るような声が聞こえる。気分を害してしまったのかもしれないと思ったが、すぐに返答があった。
『……ドレスコードがある店とか、勘弁な』
「勿論だよ。では、後で」
 名残惜しくはあったが、受話器を置く。後で本物に会えるのだから、今は仕事に専念しようと心に決める。
(――…それにしても)
 お互いの状況を「むずむずして」という表現で済ませたエドワードは、やっぱり流石かもしれない。
 痛いだとか、苦しいだとか、そういう事ではなくて。――…それほどの事ではなくて。
 それでもやっぱり、そこには、いつまでも痛み続けるような、小さな小さな傷があったのだと思う。
 きっとその傷は、互いに一歩を踏み出せば、いつかは癒えていくものなのだろう。お互いに、間違える事さえしなければ。

 とりあえず今日はエドワードに何を食べさせようかと、ロイは浮かれた気分で、机の上に積まれた書類の山に手を伸ばした。


終わり


先日コップ割って手だの足だの切って、しかも欠片が目に入って一騒動だったのですが、細かい傷が治りかけて痒くてですね……という話です。あ、目は無事です。
posted by 観済寺凪之介 at 00:01| 小話

2013年10月29日

Will o' the wisp(無配再録)

Will o' the wisp(10/27・無料配布本再録)



「これ、あんたにやるよ」

 そんな言葉と共にエドワードから差し出された包みに、ロイは面食らう。
可愛らしいオレンジ色の、小さな包み。それがハロウィンのジャック・オ・ランタンを模したものだと気付き、そしてようやく、そろそろハロウィンの時期なのだと気付いた。
「……ありがとう。しかし、何故、私にこれを?」
「特に意味は無えよ。たまたま見つけたから。あんた、甘いもの好きだろ?」
 その包みの中身は、どうやらキャンディやチョコレートの類らしい。確かに、仕事中に時々甘いものが欲しいと思う事もあるから、それは嬉しい。
「ありがとう。大事に食べるよ」
 包みの可愛らしさも相まって、まるで宝物のようにそれを押しいただくと、エドワードが笑う。
「日持ちするものばっかの筈だけど、痛む前に早めに食えよ」
 いつもは素っ気ないくせに、妙に優しい言葉を残して、エドワードはホテルに戻っていった。許可証の発行を早めに頼むという一言を言い残して。
 エドワードを見送ってから、ロイは早速その包みを開け、目に付いたチョコレートを口に含む。普通のプレーンチョコレートだったが、それはやけに美味しかった。
(……お返しをしたいな)
 エドワードの事だから素直に受け取らないような気もするが、そう思いつくと何だか楽しくなった。お返しをするのなら、何がいいだろうか。菓子の礼なのだから、あまり大袈裟すぎないものがいい。しかし、それでいて気が利いているものと言えば何だろうか。
 あれこれと頭に思い浮かべながら、ロイは久しぶりに浮かれた気分で仕事を再開した。




「………ううむ」
「大佐、まだ悩んでるんですか?」
 司令室の机で頭を抱えるロイに、ハボックが呆れたように声をかける。
「そうは言うがハボック。……難しいじゃないか」
「だから、お菓子にすればいいじゃないですか。ちょっといいやつ」
「お菓子にお菓子では、芸が無いじゃないか」
 そう言い返したところで、丁度ホークアイが顔を出した事に気づいて、ロイは声をかける。
「中尉、君は何がいいと思う? 昨日話した、鋼のへのお返しなんだが」
「また、その話ですか?」
 表情こそ変える事は無いが、その口調には微かにうんざりしたような響きがこもっている。
「――…そうですね。私なら、まず、お礼を言います。美味しかった事と、嬉しかった事と」
「ふむふむ」
「そして、エドワード君の為に早く仕事をして、許可証の発行や報告書が来た時に、迅速に処理出来るように努力します」
「……それは君が欲しいものというか、して欲しい事じゃないのかね」
「そうとも言いますね。利害の一致というやつです」
 そう言った後で、冗談は置いておいて、とホークアイは付け足した。どう聞いても本気の響きがあったが、どうやら彼女としては冗談のつもりだったらしい。
「エドワード君は、特にそんなものは望んでいないと思いますよ。ただ、大佐にお菓子をあげたかったと思ってくれたんです。喜んで受け取って、そしてお礼を言えば、それでいい話でしょう」
「………それは、そうなんだが」
 しかし、ロイはエドワードに何かを返したいと思うのだ。単純に菓子が嬉しかったせいもあるし、エドワードが自分に対して、そんな風に気を使ってくれた事が嬉しかったせいもある。
 時計を確認して、エドワードが予告していた訪問時刻が近い事に気付く。あれこれ考えていても仕方がない。本人に聞くのが一番だろうと結論づけた。




「鋼の、何か欲しいものは無いか?」
「え、何で?」
「この前、お菓子をくれただろう。だから、お礼をしないと」
 ロイがそう口にした途端、エドワードが目に見えて不機嫌になるのが分かった。
「……要らない」
「いや、しかし、御礼をしないわけには……」
「要らないって言ってるだろ!」
 もう行く、と言い捨てて、エドワードは執務室を出ていく。

(……何も、あんなに怒らなくてもいいだろうに……)
 どうしてそこまでエドワードが怒るのか分からなくて、ロイはただ、困惑する。些細なものとは言え、貰ったのだからお返しをするべきだろう。しかも、ロイはエドワードよりも年上で、保護者のような立場なのだ。貰いっぱなしとはいかない。
 それからしばらく、お返しをしたいロイと、それを拒否するエドワードとの攻防戦が続いた。マスタング組の面々は呆れたようにそれを見守り、アルフォンスは「兄さん、頑固だから」とは言ったが、それ以上の事を口出しする事は無かった。




(……そうこうしているうちに、とうとうハロウィン当日になってしまったな)
 仕事を済ませ、ロイは一人、とぼとぼと家路につく。
クリスマス程ではないが、町中の店はハロウィンの飾りで賑わっている。仮装した子供たちが、賑やかにロイの傍を駆け抜けてゆく。おそらく、どこかの家にお菓子をもらいに出かけるところなのだろう。
 そして、川沿いのベンチに腰掛ける小柄な人影に、ロイは足を止めた。
「――…鋼の」
 思わずそう声をかけると、エドワードはロイに気づき、軽く手を挙げて応じる。
「……君は、ハロウィンには参加しないのか?」
「もう、そんな歳じゃねえよ」
 穏やかな返答に、ロイはほっとする。もう、こんな風に話が出来ないのではないかと、勝手に思い込んでいたせいだ。
「隣、座っても」
「どうぞ」
 あっさりとそう応じて、エドワードは少しずれてロイが座る場所を作ってくれる。
 川の対岸にはハロウィンの飾り付けをした店が並んでいて、随分と賑やかだ。
そこかしこに、ハロウィンの象徴である、オレンジ色の南瓜で作られた、ジャック・オ・ランタンがあちこちで笑っている。
「なあ、あのかぼちゃ、何だか知ってるか?」
「ジャック・オ・ランタンだろう」
 ハロウィンは最近流行し始めた祭りだが、その程度の知識はある。しかしその答えに、エドワードは小さく笑った。
「名前じゃなくて、その由来だよ。何の象徴なのか、聞いた事無いか?」

 そう言って、エドワードは静かな口調で語り始めた。


 ジャック・オ・ランタンというのは、そのまま解釈すれば「ランタンを持つ男」という意味だ。
しかしそれは元々、ウィル・オー・ザ・ウィスプ――…一掴みの藁のウィリアム、という名だったのだという。
 何でもそのウィリアム、ウィルという男は大変な極悪人で、人の恨みをかって殺された後、聖ペテロに地獄行きを言い渡されそうになった。しかし言葉巧みに彼を騙し、再び人間界に生まれ変わった。
しかし、生まれ変わった後もウィルは悪行三昧を働き、そして再び死を迎えた時、死者の門で出会った聖ペテロに「お前はもう、天国へ行くことも、地獄へ行くことも許さない」という宣告を受け、どこに辿りつく事も許されず、ただ煉獄の中を漂うことになる。
そんなウィルを見て哀れんだ悪魔が、地獄の劫火から、轟々と燃える石炭を一つ、ウィルに明かりにするようにと渡した。その石炭を入れたのが、藁であったり、南瓜であったり、はたまた蕪だったりするのだという。

 そして、どこにも行けずに彷徨うそのウィルの持つ明かりは、鬼灯となって現れるのだと、エドワードはその話を締めくくった。


「――…そんな由来があったんだな」
 元々はアメストリスの一地方でのみ行われていた祭りだった為、そんな由来があったとは知らなかった、と、ロイは素直に感心する。
「悪魔にも憐れまれる境遇って、何だか凄いよな」
「そうだな。行先が例え地獄であっても、帰る場所が無いという事が一番辛いのかもしれない」
 そう言いながら、ロイはふと、エドワードとアルフォンスの境遇を思い出す。帰る場所が無いのではなく、帰る家を自ら燃やしてしまった兄弟。
 ――…帰る場所を探しているのではなく、帰る資格を得る為の度のように、時々、思う瞬間がある。
「でも、それなら、その明かりは、ウィルにとって何よりの救いになったと思うんだ」
 だから、とエドワードは、そこで言葉を切ってから続けた。

「……だから。あんたがもし、オレに何かくれるのなら。それは一掴みの藁でいい」

 ひどく大人びた表情に、ロイはどきりとする。まだ子供だと思っていたのに、いつの間にこんな表情をするようになったのか。
 それはまるで、苦しい恋でもしているような――…

「轟々と燃える石炭は要らないのか?」
「え?」
 思わず、ぽろりと口から零れた問いかけに、エドワードは不思議そうな顔をする。
「だって、要るだろう。……藁だけでは明かりにならない。燃やさないと」
 そう言って、指を弾く真似をしてみせると、エドワードは少しの間きょとんとしてから――…笑い出した。
「……そっか。うん、そうかも」
 笑ってみせてから、でも、とエドワードは続ける。
「それは要らない。……大佐からは、もう貰ってると思うから」
「――…そうか」
 それが何かとは問えなくて、ロイは、ただ、頷いてみせた。
「……しかし、やはり、私も君に何かあげたいんだが」
「しつこいな、あんたも」
 再度の要請に、エドワードが流石に嫌そうな顔をする。
「だって、不公平じゃないか。私だって、君に喜んで貰いたいのに」
 何気なくそう口にした言葉に、エドワードが目を瞠る。
「……喜んで貰いたい?」
「だって、そうだろう。些細なものだったかもしれないが、私は君にお菓子を貰って、嬉しかった。だから、私も君に何かを返したかった。プレゼントとは、そういうものだろう」
 必死にそう主張すると、エドワードが呆れたような顔になる。
「――…大佐ってさ。気障だとか、恥ずかしい奴とか、言われた事無いか?」
「な……! わ、私は、真面目にだな!」
「分かった分かった。……で、何くれんの?」
 笑いながら差し出されたエドワードの手に、ロイは眉を寄せる。
ここでスマートに、エドワードの欲しがるようなものを口に出来れば良いのだろうが、生憎と錬金術関係の文献しか思い当らない。そういうものをプレゼントにするのは、何故か嫌だった。
「それが決まっていないんだ。……色々考えてみたんだが、君が何を喜んでくれるのか、分からなくて」
「ふうん? 例えば、どんなの?」
「……実用的なもの、かな。万年筆や手帳なんかの文房具か、今からの季節だと、マフラーだとか、コートだとか……」
「文房具はともかくとして、マフラーだのコートだの、菓子の礼にしては、大袈裟すぎないか?」
「お菓子にお菓子を返すのでは、芸が無いだろう。それに――…」
 何か残るものを渡したかったのだと言いかけて、ロイは慌てて、その言葉をのみこむ。それではまるで、口説いているようだ。
「何?」
「……いや、何でもない。それより、今から買いに行かないか。私から君へのプレゼントを。幾つか候補は絞ってあるんだが、これという決定打がなくて」
 ロイの言葉に、何それ、とエドワードが笑う。その笑顔を、もっと見てみたいと、ロイは思う。
「買って貰うかどうかは別として、あんたがオレに何を選んでくれたのかは、見てみたいかも」
「決まりだな」
 晴れやかな気分で、ロイは立ち上がる。もう日は暮れたが、まだ開いている店はある筈だ。今日だけで廻りきれないのなら、次の機会に回してもいい。
(……むしろ、その方がいいか)
 エドワードと買い物に行ける口実が出来るのなら、その方が好都合だ。
 何がどう好都合なのかと自分で自分に首を傾げながら、先に立つエドワードの背を、ロイは追いかけた。



無自覚×自覚。
posted by 観済寺凪之介 at 07:33| 小話

2013年10月28日

箱の中身を知らない

箱の中身を知らない(ロイエド・小話)


 私は、その箱の中身を知らない。

「それ、預かっといて」

 そんな風に言って、彼は姿を消した。
 何の痕跡も、何の言葉も残さずに。ただ一つ、掌に乗る程度の小さな箱を私の元に預けて。

 彼は、この世界から姿を消した。




「……と、いう夢を見たんだ」
 そう言って説明を終えると、琥珀色の瞳が剣呑な色を帯びる。
 こう表現するのは不謹慎かもしれないが、私は彼の瞳がこんな風に熱を湛える瞬間が好きだ。
 野性味を感じる、とでも表現すればいいだろうか。感情を露わにした彼の瞳の色は、見ていてぞくぞくするような、不思議な歓喜を覚える。もしかしたら、初めて出会った時の、彼の焔の点いた瞳を思い出すからかもしれない。
「――…夢かよ……」
「夢だとも」
 開き直ってそう言い放つと、返事の代わりに呆れたような溜息が返る。
「もういい。……大事な話だー、とか言うから、真剣に聞いてやったオレが馬鹿だった」
「そうは言うがな、鋼の。とてもリアルな夢だったんだ。起きてからも暫くの間は、今のが夢だとは分からない程に」

 夢だったのだと気付いた時には、心の底から安堵した。手のひらに滲んだ冷たい汗を、シーツで擦って拭い、今のは夢だと、繰り返し自分に言い聞かせた。
 彼を失う事は、夢の中ですら、私にとっての恐怖だった。

「………まあ、夢でもさ。怖いとか思うのは、分からないでもないけど」
 何故か少し気まずそうな顔をして、琥珀色の瞳が僅かに逸らされる。
 その表情に、まだ子供の彼に気遣わせてしまう程に自分が情けない表情をしていたのだと、ようやく気付いた。
「――…済まなかったな。つまらない話をして」
「や、別に……」
「君に話して、笑い飛ばすか、怒るかして欲しかったんだ。……ただの夢だと、実感出来るように」
 一回り以上年下の彼に気を遣わせるのは本意ではない筈なのに、そんな言葉が止まらない。
 今なら、甘えても良いのだと、言外に言われているような気がして。
 ややあって、ぽつりと彼が応えてくれた。
「………夢だよ。ただの。大体、オレがアルを置いて居なくなる訳がないだろ」
「うん。……そうだな」
 彼の弟の名を出されて、私は頷いてみせる。そうだ。彼が、自分の弟を置いて、居なくなったりするわけがない。
 夢だと分かった後も、どこかに残っていた不安が、ようやく消えて無くなるのが分かる。彼は、そんな事をするような人間ではない。――…決して。
「……納得するの、そこかよ」
「え?」
「………何でもない」
 何でもなくは無いだろう、と思ったが、少し拗ねて不貞腐れたような年相応の表情が愛らしくて、思わず口元が緩む。こういう彼の表情も、私は好きだ。
「――…で、その箱の中には何が入ってたんだ?」
「え?」
「夢の中で、オレが大佐に預けたっていう箱だよ。何か入ってたんだろ?」
 夢の中、という部分を強調した口調で彼にそう問いかけられて、私は夢の中の光景を胸の裡で繰り返す。
 そこには、もう漠然とした不安や、痛みは無かった。
「……何だったんだろうな?」
「はあ?」
「いや、夢の中では箱は開けなかったし……夢の中の君も、中身が何かは言わなかったからな」
「何だよ、それ。辻褄が合わねえだろ」
「……夢だからなあ」
 夢の中での出来事をそんな風に理路整然と責められるとは思わなくて、私は思わず口ごもる。
「じゃあ、大佐は何だったと思う? 箱の中身」
「ええ?」
「オレは、そうだな――…やっぱり銀時計なんじゃねえの? 軍部絡みだし」
 答えの無い夢の中の出来事に対してそんな風に言われても、答えに困ってしまう。
 しかし「何だったと思う?」というのは、つまり「私がどう思っているか」という事であって、正解を尋ねられている訳では無いだろうと思い直す。
 夢の中で見た、掌に乗る程度の小さな箱。彼と私の繋がりを考えれば、国家錬金術師の証である銀時計が入っているというのは、いかにもありそうな話だ。
 しかし、私の感じた答えは、そうでなかった。
「――…空っぽ、かな」
「は?」
「いや、だから、箱の中身。空っぽなような気がして」
「空の箱を、オレが大佐に預けるのか? 変だろそれ。何の意味があるんだよ」
 嫌がらせか、と目の前の子どもが眉をしかめる。大人びているような、子供っぽいような。恐らくはその過渡期にあるのだろう、その表情が好きだと思う。
「そうだな、意味というか――…君は私に、何も残さないだろうと、そう思うからかな」
 ぽつり、と零した言葉に、一瞬、彼は何とも言えないような表情をする。
 しまった、と思うより先に、彼が顔をしかめる。それは怒りというよりも、むしろ拗ねたような色合いが強くて、その事にまた、私は戸惑う。
「……今日の夕飯、大佐のおごりな」
「え?」
 いつもつれなくて、お茶に誘っても食事に誘っても断られるというのに、今日はどういう風の吹き回しなのだろうか。
 今日もこれから食事に誘えないだろうかと思っていたので、驚きはしたが、彼のその言葉は嬉しかった。
「それは……勿論、喜んで」
 ああ、いけない。顔が勝手に緩む。まさか、彼から食事に誘ってくれるとは思わなかった。
「――…慰謝料だからな」
「慰謝料?」
「大佐がオレに失礼な事を言うから、オレは傷ついた。……だから、慰謝料」
 拗ねたような口調で、彼が続ける。
「……あんたに何も言わないで居なくなる程、オレは薄情じゃねえぞばーか」
 そう言って、彼の分厚いブーツの爪先が、向かい合って座る私の膝に、そっと触れる。
 力を込めて蹴る事も出来た筈なのに、まるでじゃれあうような接触に戸惑いながらも、何度か心の中で彼の言葉を反芻して、ようやくその意味に気付く。
「―――…うん、そうだな」
「そうだよ。分かったか」
 そういう彼の頬は僅かに赤くて、らしくもない事を言って照れているのだと分かる。
 もしここで、彼を抱きしめたら蹴られるぐらいじゃ済まないだろうな、と思いながらも。
 私はゆっくりと、彼に向かって、手を伸ばした。



 まだ出来てないロイエド。
 しかし私の書く大佐は乙女回路標準装備すぎる…。
posted by 観済寺凪之介 at 20:28| 小話

2013年02月16日

バレンタイン2(エドside)

友達にエドサイドも見たい!と言われたので。
続きからどうぞー。続きを読む
posted by 観済寺凪之介 at 21:59| 小話

2013年02月15日

バレンタイン。

バレンタイン小話です。遅刻しましたorz


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posted by 観済寺凪之介 at 00:19| 小話

2013年02月04日

泣かせてみたい(注:エド×ロイです)

考えてみればエドロイのカテゴリを作っていなかったので、とりあえずブログにアップしときます。
後日ちゃんと作っておきますorz

大丈夫な方のみ、続きからどうぞー。





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posted by 観済寺凪之介 at 23:48| 小話

2012年05月10日

小話というかコネタ。

※パラレルです。
※中2病全開です(割といつもそうですが)
※もう書く気があんまりないのでネタとして晒して終わります。


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posted by 観済寺凪之介 at 07:38| 小話

新婚シリーズ番外編

新婚シリーズ出張編。
※この小話は「大佐とエドが当然のように結婚している」という設定の元に書いているシリーズものです。しかし単品で「何か新婚イチャラブ」を念頭に置いて頂けましたら問題無いとか思います。
新婚シリーズ総集編「JUST MARRIED Special」収録の、season3「何度も何度でも」より、「もし記憶喪失になったのが大佐の方だったら?」的な感じで。



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posted by 観済寺凪之介 at 07:33| 小話

番外編

短いですが「パラレルワールドツアー」(パラレルプチアンソロ)で書かせて頂いたものの番外編です。読んでいらっしゃらない方にはよく分からないネタかと思いますが。
収納するのをすっかり忘れていたので一応…。


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posted by 観済寺凪之介 at 07:28| 小話

2012年04月02日

エイプリルフールネタ

小話というかネタですが。4/1エイプリルフールにツイッターに投下したものまとめ。修正済。


@両片想いの2人。大佐がエイプリルフールにかこつけて「私と結婚してくれないか鋼の!」とプロポーズ。エイプリルフールだと気付かない兄さんが「はい喜んで!」と返答。
すっかりエイプリルフールのつもりで(鋼のはノリがいいなあ)と喜んでる大佐と、プロポーズをすっかり本気にして超嬉しい兄さん。
周囲にも婚約発表とかして生温い眼差しを向けられる2人。
いちゃいちゃしながら大佐の家に2人で戻って、錬金術の話とか他愛の無い話なんかを色々して盛り上がる。
そして日付が変わる頃に「もうエイプリルフールも終わりか…」とか少し寂しくなりながら呟く大佐。
「今日はエイプリルフールに付き合ってくれてありがとう。君のお陰で楽しかったよ」
その言葉に自分の勘違いを悟る兄さん。恥ずかしいのと悔しいのと悲しいのとで、問答無用で錬金術を駆使して暴れて大佐の自宅を半壊させる。
「一体どうしたんだ鋼の!」
「うるさいほっとけ!大佐の馬鹿馬鹿阿呆無能ー」(半泣き)
暗黒の破壊神と化した兄さんを止める為、錬金術の応酬を繰り返すうちにようやく事態を悟る大佐。
半壊した自宅の瓦礫の上で、疲れ果てて睨んでくる兄さん。
「――…日付が変わった」
「だから何だよ」
「結婚してくれ。…もうエイプリルフールじゃない」
「……っ」
で、ハッピーエンド!で通報で駆けつけた中尉に
「…2人とも司令部まで来て貰いましょうか」
「「ハイ…」」
で、しこたま叱られてオチ。



A「真夜中、誰にも見られずに、中央公園の天使の像を撫でたら片想いが実るらしいっスよ」
ハボックの発言に「馬鹿馬鹿しい」「子供騙しだ」と冷ややかな反応の2人。
しかしその晩、その中央公園入口でばったり出会う2人。
「何で大佐がいるんだよ」
「君こそ。子供が出歩く時間ではないぞ」
しばし睨み合った後、
「ついてくんなよ大佐!」
「それはこっちの台詞だ!」
とか言いつつ、その天使の像の前に。しばらく睨みあった後、ため息をついて提案する大佐。
「……要は、撫でる瞬間を誰にも見られなければいいんだ。ここはひとつ、協力しあおうじゃないか、鋼の」
お互い交代で見張りをする事にする2人。
エドが見張って大佐が撫でてる間、ここまでするほど大佐に好きな相手がいるという事にショックを受けるエド。
「君の番だ」
「………ん」
好きな相手がいるのなら意味無いかもな、と思いつつ撫でようとして、見張りの筈が仏頂面で超ガン見してる大佐に気付く。
「見てんなよ!意味無いだろ!?」
追い打ちをかけられた気分で、ショックで泣きそうなエド。
「……やっぱり我慢出来ない。邪魔させて貰う」
「……は……?」
「……私にしておかないか。鋼の。こんな願掛けに頼るくらいだ。望みの無い相手なんだろう?」
その言葉の意味が分からなくて混乱するエド。
「望みが無くて悪かったな……!」
望みが無い片想いである事を思い知らされるエド。
「なら、私にしておけばいい。必ず幸せにする。鋼の」
「え……?」
「君が好きだ。私の恋人になってくれ」
で、ハッピーエンド!
そんで翌日「え、おまじない?あれ、エイプリルフールっスよ?」とか言ってるハボック。だけど結果オーライ(笑)



ツイッターだと読みづらいと言われたのでまとめてみましたー。
ちゃんと書いてる時間が無いのでコネタですみません…。
posted by 観済寺凪之介 at 01:20| 小話

2011年12月24日

空箱(クリスマス話)

クリスマス話です。
続きからどうぞー。続きを読む
posted by 観済寺凪之介 at 20:44| 小話

2011年11月10日

静電気

静電気

※ちびエドです。
※原作設定なのか現代パラレルなのか判然としませんがその辺はお好みで補完願います。


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posted by 観済寺凪之介 at 22:52| 小話

2011年08月29日

小話じゃないけど事件物捏造方法徒然。

夏の新刊のどれかの後書きに原稿を書く時の過程として「まず事件を起こして、そこにロイエドを投入するといちゃいちゃしながら事件を解決するのでそれを書く」みたいな事を書いたら「まず事件が起きません」との御意見を頂いたので、ちょっとだけ詳しく「事件の捏造の仕方」をツイッターで過程を垂れ流してみたところ、ご興味を持って下さったり、もしくは「もっと詳しく」と仰って頂ける事があったので、とりあえずまとめてみました。

以下、長いので畳みます。続きを読む
posted by 観済寺凪之介 at 23:34| 小話

2011年06月11日

君の空に。

久々に小話。
現代パラレル設定ご近所さんです。いつものように増田さんが恥ずかしいです。


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posted by 観済寺凪之介 at 00:49| 小話

2011年05月22日

恋する露出狂(←凄いタイトル)

ツイッターで発言していたネタです。
凄いタイトルですが別に露出しているわけではありません(笑)


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posted by 観済寺凪之介 at 21:37| 小話

2011年02月08日

桜の花の満開の下

暦の上では春ですって事で。続きからどうぞ。



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posted by 観済寺凪之介 at 00:58| 小話

2011年02月06日

バレンタイン×3

バレンタインネタな小話です。
続きからどうぞ。



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posted by 観済寺凪之介 at 00:22| 小話

2010年12月30日

カモン!シンデレラ!!

※冗談の通じる心の広い方のみ、続きからお読み下さい。
※パラレルネタです。
※かなりダイジェストで、しかもオチがありません。
※大佐がシンデレラですが女装ではありません。




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posted by 観済寺凪之介 at 11:24| 小話

2010年10月16日

ひつじ雲

秋なので小話。続きから。
写真付きです。


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posted by 観済寺凪之介 at 23:22| 小話

2010年06月19日

灯火

注:最終回ネタバレを含みます。
注:基本スタンスは捏造です(笑)
注:大佐が乙女です(いつもの事)


上記OKって方のみ、続きからどうぞー。


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posted by 観済寺凪之介 at 11:00| 小話